70.決別と予兆【Side:十六夜 深月】

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*** 「深月(みづき)!! 何でここにいるんだよ! 相良(さがら)んとこに寄ってたら遅くなっちまって……深月がいるなんて聞いてねぇぞ!?」  院長室に将継(まさつぐ)さんと相良さんが入ってくるなり、僕は将継さんにギュッと抱きしめられた。まるで外野など微塵も気にしていないようなひたむきな愛が嬉しくて仕方がない。  院長と久留米(くるめ)先生は呆然と僕たちを見つめていたけれど、先生が小さく舌打ちをする音が聴こえた。 「将継さん……ごめんなさい……僕のせいで将継さんが通報されちゃいました……」 「そんなことはどうでもいい! 何か言われて傷付けられてないか? が来るのが遅くなっちまったばっかりに深月(みづき)一人に背負わせて……」  僕はぶんぶんっとかぶりを振って将継さんの背に腕を回す。ここまでしても尚、院長に僕たちの関係が恋人だと伝わらないだろうか――。  相良さんはドカッと先生の前に座ると、「――で、長谷川(はせがわ)を通報したらしいですが……話はどこまで進んでますか? 院長。匿名で十六夜(いざよい)くんの盗撮画像を送ったのはです。他にも色々仕打ちを受けたんですが……どこから説明すればいいか……」と院長に飄々と言ってのけた。  一目で堅気ではない雰囲気を纏った相良さんに院長は怯みながらも、「色々な仕打ち……?」と久留米先生を見遣る。 「院長。この男たちが言おうとしていることはすべてデタラメです。深月くんを囲おうとあることないこと言い出すだけです。耳を貸さないでください」 「――まぁ、とりあえず……院長。この二人がここまで熱ーい抱擁をしている状況を見て、まだ無理矢理囲っているなんて思えますか?」  相良さんの言葉に院長が眉をひそめる。  何事かを思案している様子だ。  相良さんがどこまで話すのかはわからないけれど、とにかく今は将継さんのそばにいることが僕の意思なのだと伝わって欲しかった。 「――しかし、十六夜さんが脅されて演技しているという可能性も……」 「そうです! 院長! 演技です! 深月くんはこの男に騙されているんです。何故なら深月くんは僕のことが好きだと……そして僕も深月くんのことを……!」  先生がぽつりとこぼした言葉に、途端院長の瞳が険しくなった。院を仕切る(おさ)の顔だ。何か咎めるように先生を見つめてから、静かに口を開いた。 「久留米先生……今の言葉は何ですか? その言葉は聞き捨てなりません。あなたは自分の私欲を十六夜(いざよい)さんに向けているんですか? 患者に私的な感情を持つのは心理士としてタブーですよ?」 「そ、それは……」
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