70.決別と予兆【Side:十六夜 深月】

5/6
前へ
/412ページ
次へ
 僕と相良さんがひっ迫した声を出したけれど、当の本人は、「()……、深月(みづき)、大丈夫か?」だなんて僕を気遣う言葉を掛けてくるから思わず瞳が滲む。 「将継(まさつぐ)さん! 大丈夫ですか!?」 「心配すんな。ならなんともない。こんなガキみてぇな攻撃しか出来ねぇなんて笑えるな」   けれど、将継さんの額からガラスの破片で切れた血が(したた)るのを見て、僕はたちまち青ざめてしまう。まだ完治していない頭に衝撃を受けて大丈夫なんだろうか。  それでも相良(さがら)さんがすぐに落ち着きを取り戻すと、先生を背筋が凍りそうなほど冷ややかな瞳で睨みつけた。 「――あ。そういえば、言ってなかったんすけど……今この部屋の音声、ちぃーと証拠としていじらせてもらって、院内放送で病院中に丸聞こえになってますんで。大騒ぎでしょうね。とりあえずこの場で決定的な傷害罪がひとつ確定しましたね? ちなみに録音もしてますんでどこにでも(おおやけ)に出来ます。院長も、病院のために久留米(くるめ)先生には厳重な処罰をお願いします」 「なっ……ふざけるな! 犯罪じゃないか!」 「おやおや? 言葉遣いには注意ですよ? 大勢の久留米先生ファンが聴いていますからね? どちらが犯罪者かは聴衆の皆さんにはおわかりでしょう」  相良さんがククッと笑うと、「とりあえず、院長。今のは立派な傷害罪ですよね? お話した全ての悪事に対する誠意を見せていただきたい」と凄んだ。 「久留米先生……これから二人で話し合いましょう。警察へ通報されるべきはあなたのようですね。――御三方は申し訳ありませんが今日のところはお引き取りください」  僕は将継さんの額の血を袖口で拭いながら立ち上がって、先生にぺこりと会釈をする。 「先生……僕はもう病気が治ったので病院には通いません。今まで本当にお世話になりました」  僕の力強い言葉を聞いた将継さんと相良さんが顔を見合わせて頷いているのを見て、少しだけ強くなれた気がした。 (先生……。先生への想いは〝恋〟じゃなかった。本当に愛する人のために僕は先生と決別します。許してください……)
/412ページ

最初のコメントを投稿しよう!

741人が本棚に入れています
本棚に追加