72.僕と将継さんのために【Side:十六夜 深月】

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「――ま、予定外にオーディエンスが出来ちまったが、まずは指の一本でも落とすか? あぁ?」  その言葉に僕は慌てて走り、相良(さがら)さんと先生の間に割って入ると「相良さん! やめてください!」と叫んだ。 「深月(みづき)ちゃん、どけろ。この男を許すわけにはいかねぇんだ」 「相良さん、僕も、将継(まさつぐ)さんも……相良さんに罪を犯して欲しくないんです。僕は……将継さんの代わりに止めるためにここに来ました。お願いします! 暴力だけはやめてください!」 「(あめ)ぇんだよ。俺らの世界ではな、本来こんなクソヤローは殺したって足りねぇくれぇーなんだわ。――けど、それは長谷川(はせがわ)と深月ちゃんのために我慢してる」  背後で先生が「深月くん……」と呟いて、震えているんだろう――椅子ががたがたと小刻みに揺れる音が聴こえてくる。 「……確かに、先生がしたことは、許されません……でも、だからって相良さんの手を汚して欲しくないんです! 当事者は僕と将継さんです。僕たちは相良さんにそんなことは、望んでません……」  必死に訴えかけてみるけれど、相良さんの半ば瞳孔が開いたような険しい瞳が緩むことはない。  僕の言葉なんか届かないだろうか――。 「深月ちゃん。頼むからそこどけろ」 「嫌です!」  尚も反論すると相良さんは再びチッと舌打ちをして、先生の背後に立っている部下に「やれ」と一言呟いた。  途端、部下の男性が(ふところ)から短刀を取り出し、後ろ手にある先生の指に振り下ろそうとするから――。 「駄目ですっ!」  僕は躊躇(ためら)いなく、短刀の刃先を右手でぎゅっと握りしめて、先生の指に振り下ろされるのを寸でのところで止めた。 「()っ……」  握りしめた刃先が僕の指の付け根と手のひらに食い込んで、ぼたぼたっと床に鮮血が(したた)る。 「深月ちゃん!!」 「駄目です……相良さん……、傷つけるなら……僕を傷付けてください……」  思わず涙が溢れたのは傷が痛んだからではない。  僕と将継さんのために、相良さんがこんなに酷いことをしようとするのが悲しかったからだ。 「深月ちゃん……何でそんな男を(かば)うんだよ……」 「先生のためじゃありません……将継さんのためです。将継さんが、大切なお友達の相良さんの手を汚したくないって……心から望んでるなら……それが僕の望みでもあるから……」  相良さんは部下の男性の短刀に目配せして口を開いた。 「それ寄越せ」
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