72.僕と将継さんのために【Side:十六夜 深月】

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***  将継(まさつぐ)さんの病院へ戻ると、僕は相良(さがら)さんに付き添われて、同じ院内の夜間外来で右の手のひらを五針縫った。 「あー、やべぇー。長谷川(はせがわ)に殺される」  僕の右手の包帯を見つめながら相良さんはぶつぶつと繰り返し呟くから、思わずクスクス笑ってしまう。 「殺されませんよ! 僕が勝手にやったこと……なんですから」 「今日はもう面会時間終わっちまってるから、深月(みづき)ちゃん一旦ホテルに帰ろうな? 送ってく」  その言葉に僕は少しだけしゅんとしてしまう。今すぐ将継さんに会いたかったのに明日の朝まで会えないなんて。 (寂しいけれど、ホテルに戻って咲江(さきえ)さんに報告しよう……)    ***   「長谷川! スマン! 打ち首の準備なら出来てる!」  翌朝、ホテルまで迎えに来てくれた相良さんと将継さんの病室の扉を開けるなり、相良さんは九〇度の角度で最敬礼をして見せた。  将継さんは頭から繋がっていた管も抜かれたらしく元気そうにしていて「相良?」と目を瞬かせた。 「俺、お前の気持ちも知らねぇで暴走しちまった上に、お前の大切なお姫様に怪我までさせちまった……本当に悪い」 「怪我!? おい! 深月! 大丈夫なのか!?」  将継さんがベッドから起き上がらんばかりの勢いで背を浮かせるので、僕は慌てて彼のそばへ駆け寄る。 「将継さん! 違うんです! 相良さんのせいで怪我したわけじゃなくて……僕が勝手に……。でも、将継さんとの約束、ちゃんと守れました。……将継さんは大丈夫ですか?」  にこっと笑ってみせると将継さんはホッとした表情で、「ああ」と僕の頭を生え際から()くように撫でてくれた。 「おい、相良」 「なんでしょうか、長谷川様」 「ったく。あんまり無茶してくれるな。お前が私と深月のために罪を犯す必要なんてないんだよ。気持ちだけありがたく受け取っておくから。ただ――深月を怪我させた件については後で覚えとけ?」  相良さんは再び最敬礼をして、「首洗って待っておきます、長谷川様」と(うそぶ)いた。 「相良さん……僕と将継さんのために……本当にありがとうございました」 「俺は何もしてねぇよ。深月ちゃんと長谷川の愛の力だ」  僕は将継さんを見つめて。  将継さんは僕を見つめて。  二人、静かに笑みを交わした――。
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