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09.奔流【Side:十六夜 深月】
長谷川さんに誘われるまま、今朝一緒にご飯を食べたリビングの薄桃色の座布団が敷かれた椅子の上に再び座らされる。
『コーヒーと紅茶どっちがいい?』と訊かれたので「コーヒー……甘いの……」と答えると、何故か可笑しそうな顔で「了解」と言われたので、何か変なことを言っただろうか?とソワソワしてしまう。
テキパキと長谷川さんがドリップコーヒーを淹れてくれて、シュガーポットを目の前に置いて「好きなだけ入れて?」と微笑まれる。
「あ、ありがとう……ございます」
おずおずと匙で四杯ほど砂糖を入れていると、彼が綺麗な器とフォークを持ってきて、「ケーキ開けていいか?」と尋ねてくるので、コクリと頷く。
長谷川さんがじっと箱の中を見て固まってしまったので、どうしたんだろう?と彼の顔をこっそり窺い見る。
「深月はどっちが食いたいの?」
なるほど、二つ買ったんだからそうなるかと合点がいく。
「あ、あの……マロン……。長谷川さんはシャンパンムース……食べられ、ましたか……?」
「私もこれでいて、咲江が生きていた時は結構頻繁にここのケーキを食べていたからね。これ、五年前に食ったきりだな。深月のチョイスで選んでくれたんだろ? 何でも嬉しいよ」
その言葉にホッとしていると、箱から出されたマロンスフレを器に移して目の前に差し出される。
ズボラな僕はロールケーキなんて、いつも手掴みで食べてしまうので、かしこまってフォークを渡されると何だか落ち着かない。
長谷川さんも自分の分を器に移すと目の前に座って、コーヒーを一口飲んで僕に視線を転じたので、慌てて視線を逸らす。
「ね。深月はさ、何でここのケーキ屋知ってるの?」
「えっと……小さい時に母がよく連れて行ってくれたお店で……僕が幸せだった頃の……思い出で……」
それだけ呟くと長谷川さんが訝し気な顔を向けながら「幸せ、だった? 何で過去形?」と問いかけてきて、余計なこと言った……と気付いた時には、時すでに遅し。
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