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「で、でも……僕、今……無職で……新しい仕事探さなきゃいけなくて……。そんなにお世話になったら……お礼しきれなくなっちゃいます……」
おずおずと返事をすると長谷川さんは眼鏡の奥の鳶色の瞳を眇めてみせた。
「礼なんていらない。私が勝手に深月が心配なんだ。またどっかで酔い潰れて倒れるかもしれないしね? 今回は拾ったのが私だったからいいものの、今度はどんな悪い人間に拾われるかわからねぇーぞ? お節介だけど面倒を見させてくれないか? さっきも言ったけど、咲江が――妻が深月と向き合わなきゃ駄目だって言っている気がするんだよ。合鍵を渡したよね? それ、ずっとキミが持っていてくれていいから」
「えっと……あの……でも……」
困惑しながら長谷川さんと目も合わせられずにソワソワしていると、彼は半ば強引に話を切り上げて、「じゃあ私は洗濯物を取り込んでくるからゆっくりしてて?」と言いながら庭へ向かってしまった。
(僕……これからどうしたらいいんだろう?)
あまりにも次々と流されてしまう状況に思考が追いつかず、自分の細すぎる太腿の下に敷かれている薄桃色の座布団をふと見つめてしまう。
多分亡くなった奥さんが座っていたと思われる大事な席に僕がこれからも座り続けてしまっていいのだろうか?
こんな僕の面倒を見たいだなんて、本当にどこまで変わった人なんだろうか。
一体僕はどうしたらいいのかと思考を飛ばしてしまったけれど。
――奔流にのまれるがままに従ってしまうのは何故だろう?
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