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まな板に乗っけたシイタケに、まるで薪割りの斧みたいに包丁を振り下ろそうと構える深月を見て、私は慌てて彼に駆け寄った。
「えっ」
でも、きっとそれがいけなかったのだ。
急に声を掛けたからだろう。
深月の視線がこちらへ逸れて。
「痛っ」
次の瞬間、惰性のまま振り下ろされた包丁が深月の指先を掠めて、深月が苦痛に眉根を寄せた。
それと同時、ポタポタと鮮血がまな板に垂れるから。
「深月っ」
思わず深月の手を取った私は、傷口にキッチンペーパーを押し当てながら、彼の手を心臓より高い位置にグイッと引き上げた。
そのせいでヨロリとよろめいた深月を抱き留めたら、すぐ眼前の深月の頭から、シャンプーと彼自身の体臭が混ざった香りがふわりと立ち昇って。
電子レンジが調理完了の軽快な音楽を鳴らしているけれど、そんなのを気に掛けているゆとりはなくなってしまった。
真っ赤な血が放つ鉄のにおいと、クラクラしそうに甘い深月自身の芳香――。
グッと奥歯を噛みしめていないと、妙な方向へ心が流されてしまいそうで、私は正直まずいな、と思った。
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