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11.呼び名【Side:十六夜 深月】
痺れるような痛みが左手の人差し指に走ったと同時、何も考えられないまま長谷川さんに腕を上げられて、よろめいてしまった瞬間。
彼が僕の背を抱き留めて。
じくじくと痛む指先とは別に、余りにも間近に迫る眼鏡の奥の逼迫した琥珀色の双眸に僕は何故だか頭が真っ白になってしまって。
何も言葉を紡げず長谷川さんの腕の中に収まってぼんやりしていると、「深月、大丈夫か?」と声を掛けられて、彼の腕に全体重を支えてもらっていることに気付き慌てて足に力を込める。
「……ごめんなさい、僕、足手まといに……」
長谷川さんが心配そうに僕の腕を掴んだまま、ダイニングチェアに座るよう促されて、「ちょっとこれ、自分で押さえてろな?」と、血に染まったキッチンペーパーで指を優しく包んでくれる。
我に返ると思いの外、傷口がズキズキ痛くて血が滴っていて、でも足手まといになってしまったことの方が心がズキズキ痛くて。
(本当、僕……迷惑かけてばっかりだ……)
思わず瞳を滲ませていると、いつの間にか戻ってきた長谷川さんが救急箱を持ってきてテーブルの上に置いた。
「深月、ごめんな? 私が急に話し掛けたりしたから……」
何故か長谷川さんの方が僕の傷なんかより痛そうな顔をしているので、ブンブンッと顔を横に振る。
「……僕が、何やってもダメで、また……迷惑かけちゃいました」
今にもこぼれ落ちそうな水滴を眼に溜めながら俯くと、優しく頭を撫でられてキュッと身体を縮こませる。
「あー、血ぃ止まんねぇな……結構深そうだ」
言いながら、キッチンペーパーを指から取り除いた長谷川さんが、何の躊躇いもなく僕の指を口に咥えてきて、思わず「ひゃっ……」と間の抜けた声を出してしまう。
舐るように指を吸われて、思考が追いつかなくて「は、せがわさん……?」と、恐る恐る声を掛けると、チュッと水音を立てて指が離されて。
長谷川さんが、どこか婀娜っぽい視線を僕に向けた。
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