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「将継って呼べよ? 深月」
ポカンと鳶色の瞳を見つめて黙り込んでしまった僕に長谷川さんが「ほら、言ってみ?」と急かしてくる。
「……まさ、……つぐ……さん……」
何だか声に出すとやけに恥ずかしくて、思わずギュッと目を瞑ると、また頭に大きな掌が載った。
「よく出来ました。ちなみに将軍の〝将〟と継続の〝継〟って書いて将継っていうんだ。今度、長谷川さんって言ったらペナルティーな?」
「ペ、ペナルティー……です、か?」
長谷川さんが、愉快そうに喉を鳴らして「そうだな、例えば――」と、絆創膏が巻かれた左手を持ち上げて指先に唇を寄せた。
「こういう、お父さんじゃねぇぞ?ってことをしようと思う」
僕は多分に紅くなっているであろう、熱を感じる頬を自覚しながらオロオロと視線を泳がせた。
(なんか……怖くないのはなんでだろう?)
歳上の男性との近しい距離感は僕が最も恐れているものであるはずなのに、何だか嫌だとは感じなくて。
――多分、温もり……かな。
彼の率直な好意は、今まで寄せられた下卑た女や男から向けられていたそれとはまったく違う類で。
どこか安心感のある空気を纏って僕と距離を縮めようとしてくれるその優しさにとても温もりを感じる。
「とりあえず……深月はもうそこでじっと座ってろな? 後は私がやるから」
「すみません……はせ……まさ、つ……ぐ……さん……」
震える唇で名前を呼ぶと彼は満足気にククッと笑って、夕飯作りを再開し始めるので、僕はその広い背中をじっと見つめてぼんやりと、口付けられた指先を撫でた。
こんなコミュ障の僕が昨日、いや、正確には今朝初めて会話した人とここまで距離が縮まるなんて。
一体どうなってるんだろう?
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