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「だから、本当に礼はいらないんだよ。とりあえず、そのたどたどしい呼び名をハッキリ呼んでくれるだけでもこの夕飯の礼にはなるんだけどな?」
(たどたどしい……)
確かにたどたどしいかもしれないけれど、誰かのことを下の名前で呼ぶなんて子供の時以来かもしれない。
(でも、これがお礼になるんだったら……)
「将継さん……ありがとう……ございま、す……」
俯いてボソボソ喋った後でチラリと彼の顔を覗き込むと満足そうに微笑んでいて、僕もよくわからない達成感を覚える。
「そうだな――じゃあ、宿泊研修ってのはどうだ? 試しに数日うちに泊まってさ、私が深月に色々仕込んでやるから。明日からは私も仕事があるから……今日みたいにずっとキミの相手は出来ねぇーけど、仕事から帰ったら料理とか、指導してあげるよ? 深月がちゃんと一人でも食えるようにさ」
「そ、それなら指導料が発生します……!」
僕の言葉に将継さんはまた「ぶはっ」と吹き出した。
「深月、ホント頑固なのな? 私が拾った猫はどうやらなかなか懐いてはもらえねぇーみてぇだ。手懐け甲斐があるってもんだよ。まぁ、今日は泊まっていってくれるんだから一歩前進ってとこかな。明日も泊ってもらえるよう、今晩ゆっくり秘策を練るか。飯食ったらすぐ風呂入るか? 一通りのアメニティの予備はあるから心配すんな。あー、あと下着も替えてぇよな? 下ろしてねぇのあるから」
(明日も泊まる秘策とは……?)
また僕は、将継さんに流されてしまっているけれど、不思議と不快な気分にならないのは何故だろう。
――宿泊研修……か。
何だか、そんなワクワクするような単語を久しぶりに聞いた気がして、懐かしくなって口元を綻ばせると将継さんはまたククッと笑っていた。
「私が拾った猫は無口で頑固で、それから──えらく可愛いみてぇーだな。懐いてもらえる日が楽しみだわ」
その言葉に僕は火でもついたかのように真っ赤になってしまって、慌てて茶わん蒸しを掻き込んだ。
なんか……絆されてる?
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