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「……ご馳走様でした」
両手を顔の前で合わせて恭しく頭を下げると、将継さんが「お粗末様でした」と微笑んでくれたので、ぎこちないながらも笑みを返すと嬉しそうにクスッと笑ってくれた。
何だか心がホクホクする……と、余韻に浸っている場合じゃない!と僕はガタッと音を立てて我ながら勇ましく(多分)椅子から立ち上がった。
「あ、あの……、僕が、せめてものお礼に食器の後片付けをさせてもらえませんか……? 僕に洗わせてください」
窺うように顔を覗き込んだら、将継さんが何かジェスチャーのように自分の左手の人差し指をトントンと叩いてみせた。
「深月、大事なこと忘れてねぇーか?」
大事なこと?とキョトンとしてしまうと、将継さんがヤレヤレと言った調子で広い肩を竦めて見せるので、一体何のことだろう?と「大事なこと……ですか?」と、恐る恐る尋ねる。
「深月、怪我してんだから洗剤沁みるだろ? 結構傷口深かったんだから。ホント変な気は遣わなくていいから」
言いながら、テーブルの上の空いた食器を手際よくまとめて重ねた将継さんが流しへ向かう様子を見つめながら(うー……僕、本当に役に立てることが何も無い……)と、意気消沈しながら再び椅子に座り込む。
――と。
将継さんが、泡々のスポンジを持ったまま途中で手を止めてしまったので、どうしたんだろう?と背中をじっと見つめてしまう。
「深月さ──指、怪我してんだよな……?」
彼の方から指摘してきたことを改めて訊かれるので、瞳を瞬かせつつも「……はい、ご迷惑……おかけしております」とポツリとこぼす。
「これから風呂沸かすけどさ……そんな指じゃあシャンプーも沁みちまうだろ?」
確かにそうかもしれない……でもそんなことを何故訊いてくるのかがわからず「えっと……でも……自業自得なので大丈夫です」と返す。
「いや、自業自得じゃねぇよ? 私が話し掛けたせいで怪我したんだ。だからさ――」
そこで言葉を止めた将継さんが、スポンジを手にしたまま振り返って、どこか愉快そうな顔で何度見ても綺麗なアンバーカラーの瞳を眇めた。
「私が介助しよう」
「介助、ですか……? 何の……ですか?」
どういう意味だろう?とポカンと固まって将継さんを見つめると、彼はまた婀娜っぽい視線を僕に向けた。
「頭、な? あー、何も一緒に風呂へってことじゃねぇんだ。あくまでも私は洗ってやるだけだ。身体は自分で洗えるだろ? でも頭は難しいと思うんだ。だから――な? 遠慮すんな」
「えっ! そんな……僕、本当に大丈夫ですよ……? 将継さんにそんな……気を遣って頂かなくても……」
将継さんはククッと可笑しそうに笑いながら再び背を向けて、「怪我人は言うこと聞いとけ。手負いの拾い猫の世話は私の役目だ」と僕の戸惑いを制した。
(僕の拾い主さんが世話好きすぎる……)
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