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自分以外の誰かが身じろぐ気配にふと目を開けてみれば、裸眼のせいでさしてクリアに映らない視界の中、薄らぼんやりと愛らしい顔が間近からこちらをじっと見つめていた。
(……ああ、そう言えば夜中に深月が寝ぼけて私の布団に入って来たんだったな)
水底を揺蕩うような、ぼんやりとした頭でそんなことを考えていたら、目の前の深月がソワソワとした様子で私に弁解を始めた。
どうやら深月、私がストックしていた酒を睡眠導入剤代わりに勝手に飲んでしまった上、酔って寝所を間違えてしまったらしい。
許しを乞うみたいにオロオロと瞳を泳がせる深月が可愛くて、私はふっと表情を緩めると、
「おはようさん、深月」
深月の動揺や、申し訳なさそうに紡がれた言い訳を全てすっ飛ばして、ただ一言、朝の挨拶を口の端に乗せた。
私より先に目覚めて、頭がシャンとしているらしい深月は、放っておくとすぐさま布団を出て行ってしまいそうで。
こんなに深月と密着したままでいるのは精神衛生上よろしくないと頭では分かっているのに心裏腹、つい深月を抱きしめる腕に力を込めてしまったのは、寝入りばなに深月が告げた〝先生〟への対抗心からだろうか。
それと同時、こんな風に誰かに甘えたい、そばにいて欲しいと希う気持ちまでもが湧き上がってきたのは、妻の咲江を亡くして以来本当に久々のことだったから。
ぼんやりとした私の頭は、その欲求にどっぷり浸かってしまえと唆してくるのだ。
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