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チラリと横目に見遣ると、常連なのだろう、手慣れた動作でコートを脱いでハンガーに掛け店主と親しげに話していた。
コートの下は作業服で、僅かに盗み見た姿は、色素の薄い猫っ気な髪をセンター分けにして無造作に後ろに流している。
眼鏡の下の切れ長な目つきの瞳は髪の毛の色と同色の日本人離れした琥珀色で、整った鼻梁は若干作業服から縁遠くも感じられた。
(なんか異国の王子様って感じ?)
歳は三十代後半くらいだろうか……。
だけど基本的に人に関心がない僕はすぐに視線を逸らし、居心地の良かった貸し切り状態が断ち切られたことだし帰ろうと席を立ち上がった。
けれど――。
立ち上がった瞬間、酷い立ち眩みを覚えて。
(あ……まずい……)
突如として襲い来る猛烈な吐き気と共に、重心を支えていられなくなった身体に足元が覚束なくなった。
これはヤバい、なんて考えている頃にはもう床に蹲ってしまっていて。
店主と奥さんの、そして、先ほどの男性客の視線も感じた。
「キミ、大丈夫かい?」
店主がカウンター越し、目を白黒させているのがわかったけれど、返事を返すことも出来ない。
というか、久留米先生以外にはコミュニケーション能力が皆無に等しい僕は、上手く他人と会話が出来ない。
けれど、この状況が非常にまずいことだけはわかる。
(どうしよ……倒れちゃいそう……)
もはや思考回路も意識も停止しかけていて、役たたずになった手足は動かすことすらままならない。
誰か、誰か助けて――。
なんて、他人を遠ざけているくせにこんな時だけ誰かに救いを求めるなんて現金だな……と思いながら僕は意識を手放した。
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