03.暖かな空の下だけでは

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03.暖かな空の下だけでは

「ただいま」  夜の11時近くに帰宅する隼平。佳菜が夫の隼平を出迎える声は聞こえない。  ま、しょうがない。新婚の頃は起きて待ってもいてくれたが、結婚して10年近く過ぎるとこんなものなのだろう。毎晩のように花火を打ち上げて喜ぶような新婚時代とは違うのだし。  スーツ姿の隼平がそっとベッドルームに忍び込む。すでに佳菜は寝息を立てていた。すやすやと気持ちよさそうに。  そんな佳菜のそばで隼平はそっとスーツを脱ぎ、着替えを持ってバスルームに向かう。美琴と会った痕跡を洗い流すため。  隼平とて良心がまったく痛まないわけではない。でも、夫婦として愛し合うこともなくなった今、多少の遊びもいいだろう。仕事だって順調で、収入だってそれなりにある。  佳菜はそんな俺に不満さえ抱いていないようだし。そりゃささいな行き違いや口論はあるけれど、夫婦仲に決定的な亀裂が走るほどのものはない、はずだと思う。俺は佳菜と夫婦でいることに何の不満もない、はずだ。佳菜だって同じ、はずなのではないか。  佳菜と夫婦として過ごす日々はもはや退屈ではあるけれど、暖かな空の下で暮らすようなものだ。そこに雷雨や冷たい雪などは来てほしくないし、佳菜といる限りそういったものが空にやってくることはないだろう。そんな信頼を佳菜に寄せるのは、なんといっても佳菜は俺の妻にほかならないだからだ。  でも、ときどき暖かな空の下だけでは得られない刺激を求めたくなることもある。降り頻る雨に向かって両手を広げて、思い切り叫びたいこともあるじゃないか。そうできるのが、隼平にとっての美琴だった。  そう。美琴はただの遊びに過ぎない。会社帰りに飲みに行くのと同じような。シャワーを浴びながら、隼平は考えをめぐらせる。  けど、美琴はどうやら本気で俺のことを好きになった。はじめのうちは割り切った関係だと美琴もわかっていたはずなのに。面倒なことになる前に別れるか、美琴と。
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