08.さらなる泥沼になるのは

1/1

35人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

08.さらなる泥沼になるのは

「もちろん、奥さんがいる人とお付き合いするのは悪いことだって知ってました。でも、夫に不満というか物足りなさを感じていて、それでやさしくしてくれた隼平さんについ惹かれて……」  美琴が声を震わせながら、双方の弁護士にそう証言する。 「でも、結婚記念日には夫の光太郎さんからメッセージカードをもらってたでしょう? そのとき、光太郎さんに対しての愛情はなかったんですか? 良心は痛まなかったんですか?」  光太郎の側の弁護士が美琴にたずねる。テーブルの上に置かれたシンプルなデザインのメッセージカードを前に。  『今までありがとう。これからもよろしく』。光太郎の直筆のメッセージ入りのカード。ベッドの中で隼平に見せて嘲笑したカード。 「正直、そのカードをもらったとき、とっくに夫に対する愛情は消えていました。それに隼平さんも奥さんと別れるから、そうしたら一緒に幸せになろうって言ってたから……」  そんな美琴の言葉に耐えきれなくなったのか、佳菜は涙を抑えきれないとばかりにハンカチで目元を押さえながら会議室を出て行った。それ以上、美琴と同じ空間にいるのが耐えられないみたいに。それ以上、美琴と同じ空間にいたら何かがバラバラになってしまって、取り返しのつかなくなることを恐れるみたいに。  けっきょく、双方の弁護士の粘り強い説得によって、4人はなんとか協議離婚を成立させた。協議が整わずに離婚調停にまで至ったら、さらなる泥沼になるのは目に見えていますよ。双方の弁護士のそんな忠告に従って、それぞれの夫婦は離婚を成立させた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加