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一輝は、俺の胸の中でいつの間にか眠っていた。
月明りに照らされ明るくなった山の中を、車を目指し歩く。
駐車場に着いた時、後ろに幸喜君が立っているような気がし、振り返るも、姿は見当たらなかった。
一輝を乗せ、運転席に乗り込み、発進する。
家へ帰るのだ──。
アパートに着き、一輝を降ろそうとしたとき一輝が目を覚ました。
「ここどこ?」
「お家だよ」
「ついたの?」
「ああ、もう大丈夫だ」
まだ寝ぼけていたのか、安心したのか、また眠ってしまった。
抱きかかえ、階段を上り、部屋に入る。
すぐ寝室に一輝を寝かせ、心配しているであろう母に連絡をした。
詳しいことはまたあとで話すとし、早々に電話を切った。
明日、今までお世話になった人たちに報告しよう。
お墓のことも、夏希さんに任せきりにしているし。
俺も着替えを済まし、冷蔵庫からビールを取り出し、その場で開け、乾いた喉へと流し込む。
「ふう」
一輝を守りきれたということに、心の底から安堵していた。
あんな恐ろしい思いをしたというのに、安堵の方が大きかった。
あの時、俺は幸喜君と駆け引きをしたのだ……。
幸喜君は俺の耳元で「ママとこうかん」と囁いた。
迷うことなく返事をしたことに、自分のことが怖くなるほどだった。
平穏を取り戻したい、終わらせたい、そして、何より一輝の為だと思えば迷う必要などなかった。
この選択に、後悔はしていない。
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