苦果

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─1─ 「一輝、父さんと一緒に風呂入るぞ!」 「はーい!」 「バスタオル置いておくわよ」 「ありがとう」 「一輝。明日、お魚釣りしに行くか?」 「いくー!」 「よーし、決まりだな。じゃ、十まで数えたらあがるぞ」 「いーち、にー、さーん………………」  一輝も五歳になったことだし、そろそろ釣りを教えてもいいよな。息子と釣りをするのが俺の夢だったんだ。 「誠司、本当に大丈夫よね?」 「珍しいな、やけに心配するじゃないか。いつもはなんでもやらせた方がいいって言うのに」 「だって、川は危ないじゃない」 「確かにな。だからちゃんと救命胴衣を買ったじゃないか。俺もついてるし、大丈夫だよ、泳げるし」 「そんなに太ってて泳げるのかしらね」  梓はそう言うと、俺の肥えた腹を触った。 「うるさいな。絶対痩せてやるからな!」 「前は友達に羨ましがられたのよ。背も高くて、かっこよくて、ずるいってよく言われたものよ」 「前はってなんだよ。今だって十分かっこいいだろ。職場でもバレンタインのチョコは一番だったんだぞ!」 「それはそうだったわね。浮気したら許さないわよ!」 「そんなことするかよ。俺は家族が生きがいなんだ。梓の体形が変わろうが俺は気にしない」 「ちょっと! どういうことよ!」   梓は、確かに今はふくよかにはなったが、十分綺麗だ。  俺の身長は185センチ、梓は170センチと高身長夫婦だ。少し冷たく感じるその切れ長な目が俺の好みで、一目惚れだった。 「一輝の釣りデビューね。誠司の夢だったものね。そうだ! お弁当作っていこうかしら」 「いいね! 俺も一緒に作るよ」 「ありがとう、助かるわ」 「そうだ。確か、幼稚園の新しい帽子に名前書くって言ってなかった?」 「あっ! すっかり忘れてた!」 「俺書いとくから」 「いい? 誠司の方が字うまいし、お願い」 「ひろたかずき ももくみ……これでよし」  帽子に名前を書きながら、いつまで名前を書かせてくれるのだろうと、しみじみと考えていた。あっという間に大きくなり「親父」と呼ばれる日が来るのか……。それはそれでいいなと、一人にやける。  俺たちは、結婚してすぐに一輝を授かった。  一輝が生まれた時のあの気持ちは、一生の思い出だ。今でも鮮明に覚えている。この世にこんなにも愛おしく思えることなどあるのかと、信じられないほどだった。小さな手、小さな足……。俺の命に代えても守ると誓った。それと同時に、一輝を命懸けで産んでくれた妻、梓のことも幸せにすると誓った。  その結果、子育てに関わりすぎ、揉めることも多々ある。梓は、私を信用してないの? とよく言うが、二人の子どもなのだから、俺は全力で子育てをしたいと思っているのだが……。    明日、早めに出発することに決め、今日は早く寝ることにした──。
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