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詩夏は迷いなく首肯する。
間近で憂炎がふっと口元を緩めるのがわかった。
長い指で詩夏の唇をなぞり、奥底に熱を湛えた瞳でこちらを見つめてくる。
絡み合う視線に、詩夏の鼓動が大きく跳ねた。
「本当にあなたという人は、どこまでも度し難い。……口付けていいか」
「……う」
頷きそうになって、胸の裏側から意地悪な気持ちが湧いてくる。
さっきはちょっと怖かったのだ。すんなり応じるのも面白くない。
スッと目を細め、うっすら笑んでみせた。
「悪霊を現世に留めておくのに、口付けは必要なの?」
「……そうくるか」
憂炎が決まり悪げに言う。そろそろと離れ、詩夏の顔を見やった。
「怒っている……よな」
「ふふふ」
詩夏は何にも言わずに、ただ笑うに留めた。
憂炎が本気で困った顔をしているのがなんだかおかしい。
一国の皇帝を悩ますなんて、立派な悪霊っぷりだ。
でもちょっと可愛そうになってきたので、ここらで勘弁してあげよう。
「冗談よ。でもああいうのはもうやめてね」
「約束する。二度としない」
「それ以外なら憂炎の好きにしていいから」
憂炎は深々とため息をこぼし、片手で目元を覆った。
「……この十七年で今が一番忍耐力を試されている気がする……」
「まさか。皇帝になるまでの日々を軽く見ないで」
「詩夏姐こそ俺の気持ちを軽く見るな」
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