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「せっかくわたくしが連理の姫になったのに、主上が殺されてしまうなんて! 恐ろしいことだわ。でも、犯人が丁才人ならさもありなんと思うわね。だって以前にも怖い目に遭わされたことがあるもの」
手の甲に刻まれた比翼の印を見えるようにするためか、大げさに両手で頬を押さえる。
「お茶会にお誘いしたときのことよ。楽しくお話ししていたら、突然丁才人が蛇をけしかけてきたの。わたくしや女官は震え上がってしまったけれど、彼女は全然気にしないで立ち去ってしまったのよ。丁香麗は血も涙もない悪女だわ!」
万姫の言葉に、女官二人がうんうんと頷く。
役人や宦官たちの、猜疑の視線が詩夏に突き刺さる。
遠くなりかける意識を必死に繋ぎ止めて、詩夏はなんとかその場に踏み留まっていた。
胸が鋭く痛む。
香麗がかつて斬られた傷だろうか。心臓が高鳴るたびに、焼けるような痛みが走る。
少しでも気を抜けば、うなだれて流れに身を任せてしまいそうだった。
詩夏にはもう、何も無い。国母たる珠蘭を前にあまりにも無力だった。
けれど白く霞んだ脳裏に、憂炎の声が蘇る。何が起きても、と憂炎は言ったのだ。
(だったら……私は憂炎を信じる)
ぐっと歯を食いしばり、詩夏は大きく息を吸った。
「なんと言われても私は下手人ではありません。大体どうして珠蘭様が裁きをなされているのです。罪人の裁きを司るのは皇帝であるはず」
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