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「バーで飲むカクテルは初めてですが、いつも自宅などで飲む時は酔ったことがありませんね。なので、自分がどのくらい飲めるのか試してみたくなります。会社の経費になるらしいですし」
少し酔いが回ってきているのか、自分でも驚くほど流暢に話している。
「そうですか。ですが、帰りのこともあると思うのであまり無理は」
「帰りか…、そうですね。じゃぁ、最後に飲んでみたかったスクリュードライバーをお願いします」
「…承知致しました」
少々不安げに眉を下げながらも、バーテンダーである彼女は頷いて慣れた手付きでカクテルを出した。
「わー、ありがとうございます。いただきます」
オレンジの風味が豊かで、甘すぎない大人なドリンクくらい軽い。
こんなにも美味しいカクテルが最後だと思うと、惜しいくらいで飲む手が止まってしまった。
その時だった。
背後から白く大きな手が伸びてきて、グラスを盗まれてしまった。
「え?」
突然の出来事に驚き振り向けば、先程中央に座っていたはずの男性が勢いよくそれを飲み干したではないか。
「…クッ、アルコール強。お姉さん、これは止めといた方がいいですよ」
彼は苦虫を噛み潰したような表情で忠告してくるが、一体誰なのだろう。
この人物が誰であっても、最後の楽しみを意図も簡単に奪われてしまい屈辱が残る。
「…あの、余計なお世話です。私…、今日くらい思い切り酔いたかったのに」
ふるふると頼りない言葉たちが、列を作って口から千鳥足で出ていく。
「酒に強いって言っても飲み過ぎ。さすがに危ないよ」
「だから、余計なお世話ですっ」
苛立ちを押さえられずにそう叫んだ私は、椅子から立ち上がり扉に向かって一歩足を踏み出した瞬間。
ー ガタンッ! ー
何かが落ちたような大きな音が真横で鳴り、状況が飲み込めないままに隣を見ると、カクテルを奪った男性が床に倒れている。
「お客様、大丈夫ですか!?」
バーテンダーが慌てて声をかけても、彼は全く応答しない。
自分も慌てながら、近づいて呼吸を確認すれば息はしていた。
「呼吸はしていますが…」
「フロントに電話をかけますね、少し様子を見ていて頂けますか?」
「は、はい!お兄さん、大丈夫ですか?わかりますか?」
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