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「…頑張ります。ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」
「了解」
一礼する私の前髪を少し直して、彼女はふわりと微笑んだ。
強さの中に優しさ、優しさの中に強さ。
美しい人はみんな、どうしてこうも自分をしっかりと持てるのだろう。
エレベーターは重力に逆らって上へと勢いよく昇り、扉を開けてとんでもない世界を見させる。
それは、きらびやかなドレスや、高級そうなセレモニースーツに身を包んだ人々と、美しすぎるロビー。
一瞬で固めた意志が揺らぎ始める。
足がすくんで動けなくなった私の腕を勢いよく引き寄せ、自分の傍を歩かせる早紀さん。
言いたいことは数個頭に浮かぶのに何一つ言葉にならず、ただただ圧倒されるばかりだ。
結局訳もわからぬまま受付を済まし、ロビーから会場内に足を進めれば、途端に呆気にとられた。
高すぎる天井からぶら下がる無数のシャンデリアと、眩しすぎる照明の数々。
至るところで華やかな人々が挨拶や会話を交わし、料理やウェルカムドリンクを運ぶスタッフの人たちも皆上品で丁寧。
BGMとなるクラシックの曲はCDではなく、本物のピアノをピアニストが弾いている。
『開いた口が塞がらない』とは、まさにこのこと。私は入り口に立ちつくしたまま半開きの口で左から右、右から左と視線を動かすことしか出来ないでいる。
「綾季、行くよ」
「わ、わ、私無理です」
「良いから早く」
首を左右に振り続けるが、早紀さんに無理やり腕を引かれ賑わう人々の中を歩き始める。
きっと明日には、私の右腕に痣が出来るのではないだろうか。
「ど、どこへ行くんですか?」
「お偉い方たちにご挨拶。じゃんじゃん売っていかないと、雑誌は一人じゃ作れないからね。東大生、しっかりやんな」
東大だから何でも出来るわけではない。
むしろ私は頑張って東大に入ったのに、周りとの開き始めた差に早くも心が折れかかっているのだ。
でも、それを言う勇気はやはりなくて。
「…は、はい」
渋々返事をするのが、精一杯。
そして相も変わらず訳のわからないまま、今出来る最大限の笑顔を張り付けて、早紀さんと同じ言葉をひたらすら自己紹介の後に言い続けた。
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