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「なるほど」
「…すみません」
『今更勝手なことを言うな』と、怒られるだろうか。それとも、面倒臭い女だと呆れられるだろうか。彼のことになると、どうしても割り切れないのが苦しい。
「そうだな~…。じゃぁ、今日は一緒に寝るだけにしようか」
「え?」
「俺も焦ってたかも。優希ちゃんの気持ちが変わらないうちに、早く自分のものにしたくて」
「…あ、でも、私ばかりわがまま言うのは違う気がして」
「良いんだよ、それはわがままじゃない。恋人同士にとって、身体を重ねることは『何となく』じゃいけない」
横で寝転ぶ彼が慈愛の眼差しで私を見つめて、優しく笑う。
「…どうして、そんなに優しいんですか?…普通なら、怒ったっておかしくないですよ」
「怒らないよ。好きな人が大切にしてることは、俺も大切にしたい。それに、俺とのことを真剣に考えてくれてることが、何よりも嬉しいよ」
「…っ、…はい」
その言葉で、不意に心の奥底から温かく穏やかな波が寄せてきて、視界が潤む。
お礼ひとつ言えない彼女なのに、彼の愛が嬉しすぎるのだ。
彼と付き合いだしてから、少しずつ私の心が柔らかくなって、同時に弱くなっていく。情けないと思うけれど、それ以上に心地よくて、こんな自分を悪くないと感じてしまう。
「優希ちゃん、俺に教えてくれる?」
「…何をですか?」
「君が、憧れる初めて」
「私が憧れる…、初めて…」
改めて質問されると、これと言って憧れなどない。そもそも、そのような行為どころか、恋愛にすら今まで縁の無かった人間が、唐突に答えるのは難問だ。
「…そういうの無くて」
「憧れのシチュエーションとかは、考えたことない?」
「憧れのシチュエーション…」
「どんな些細なことでも良いんだけど」
「憧れというか…、す、素敵だなって思う物語でも良いですか?」
「もちろん」
瞳を輝かせて頷く彼は、一体私の口からどんな物語が語られるかと楽しみにしているのだろう。だが、実際はとても子どもじみたもので、申し訳ない思いを抱えながら、私は口を開いた。
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