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彼女の名前も、何処に住んでいるのかも分からないが、何となく顔を合わせている内に親しい間柄になった。私がカフェや公園でお茶を飲むとき、彼女は何処からともなく現れて一緒に景色を眺めた。
「おや、今日も会いましたな」
恋人や家族を失ったのかもしれない。そんな風に思ったのは通りを行き交う人々を見る目が悲しげだったからだ。
私はその眼差しにかつての自分を見たように感じ、思わず一緒に暮らさないかと口に出していた。彼女は私をじっと見つめ、私の杖に頭をこすりつけた。私は彼女の頭を優しく撫で、お互いそんなに長くはない命だが残された時間を共に生きようと誓った。
「そろそろ行こうか」
老猫は音も立てずに椅子から飛び降りた。
「いいね、君は実に身軽だ。羨ましい」
老猫は何を当たり前なことをと言わんばかりに私を見上げた。
「足を悪くする前はジョギングだってしたのものさ」
老猫は優しく鳴いた。
私と老猫は青々としげる桜並木をゆっくりと歩く。杖をつく私の前にいる鳩の群れを、老猫は得意げに蹴散らした。
「ほどほどにしてあげなさい」
老猫は不服そうに私の顔を見た。
「私のためかーーありがとう」
愉快な気持ちで老猫の後をついて行った。まるで私の家を知っているかの如く颯爽と歩く。これまでもずっと一緒に生きてきたかのように。
「これからもよろしく」
気づいたら、そんなことを口にしていた。
尻尾をピンと立て、時折振り返り私を気遣うように鳴く。まだまだ歩けるさと鼻歌で返した。
了
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