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「けーちゃん、最近いつキスした?」
「ブッ!!」
「やだもうキタナイ!」
文句を言いながらもティッシュを取りに行ってくれる波瑠。その背中を眺めながらひとまず心を落ち着けるために水を飲んだ。
「ほら、ティッシュ。拭いて」
「ありがとう……って、なんでまた急にそんな話になるんだよ?」
最近の女子高生の考えていることがわからない。
ただ“そういうコト”に興味があるのは嫌というほど痛感していた。
「だってけーちゃんは年上だし、私より人生経験もあるでしょ? 私はまだしたことないし……どんなのかなって素朴な疑問っていうか」
どんなのもクソもないぞ。いきなり何を言い出すかと思えば、このぶっ込みスタイルは母親譲りか。
ハラハラしながらもファーストキスはまだだという思いがけない告白に少し安堵してしまう自分がいた。
「でね、今日その話になって、マリア(友人らしい)が男友達――あ、他校の人らしいんだけど、その人の家に遊びに行ったときにいい感じになって、キスしちゃったんだって。
付き合ってもないのに? って私は思ったんだけど、なんかみんなもわかる、みたいな。いい感じだと流れでそうなることもあるよねーって」
「……」
「だからね、私は初キスすらまだだからなんだか恥ずかしくなっちゃってさ……。とりあえず身近な経験者に聞いてみようってね?」
「……」
「って、ちょっとけーちゃん! 聞いてるの?」
兎にも角にもだ。
マリアちゃんというお友達は俺の中で早速ブラックリスト入りとなった。
高校生も社会人も身分は関係なく、人という生き物は少なからずその場の雰囲気で流されてしまうことは経験としてあると俺は思う。それは身体の関係に拘らずだ。
しかし彼女に限ってそれは許されない。
多感な中学生の時期を女子中学校という箱の中で過ごしてきたのだ。純粋無垢もいいところ。心身ともに清い彼女にその類の話は毒が過ぎる。理解してほしくないし、する必要もない。
だから共学はダメだって言ったんだ……。
もう何度も繰り返した言葉を呑み込む。今は論点はそこではないからだ。
「えっと……要するに好きでもない相手と簡単にキスできるのかってこと? それともキス自体に興味があるの?」
つまり要約すればそういうこと(?)なんだよな?
それなのに自ら話を振っておいて、今さらながら顔を赤らめるのは如何なものか。ほら、言った傍からこれだ。だから俺は言ってやった。
「波瑠にはまだ早い」
少し説教臭い言い方になったことは認める。それに早い遅いは正直関係ないと思っている。これはただ単に俺自身が嫌なだけ。この上なく身勝手な俺の主張でしかない。
そしてもちろん何の説得力もない俺の説教が気に食わなかった彼女は俺をキッと睨みあげた。
「保護者ヅラしてんじゃないわよ!」
「は?!」
「もういい。けーちゃんに聞いた私がバカだった。今度からは他の人に聞く。もうけーちゃんには何も聞かないから!」
ガツガツとチンジャオロースをかき込むと彼女は空になった食器をキッチンへと運んだ。
「ごちそうさま!」
吐き捨てるように言うと彼女はそのまま家へと帰ってしまった。
「ああ……やってしまった」
上手くできたはずのチンジャオロースはもう味がしなくなっていた。
突如一人になったテーブルで、何とも言えない喪失感が俺を襲う。つい先ほどまで笑顔でご飯を頬張っていた彼女を思い出し、胸が少し痛んだ。
“保護者ヅラしてんじゃないわよ!”
痛いところを突かれた。
その通り、俺は波瑠の父親でもなければ兄でもない。もちろん血縁者でもない。
彼女の世話を焼いているのだって別に頼まれてしているわけではなくて、ただ俺が自己満足でしているだけ。
彼女が生まれた頃からの知り合いというよしみで今もこの関係が続いているが、どうして他人にそこまでしているのかと問われれば答えは一つしかない。
――俺が波瑠を好きだから。
彼女と繋がりたくて離したくなくて、血も繋がっていなければ恋人でもないのに、少し出しゃばり過ぎたのかもしれない。
こんな不確かな関係なんてきっと簡単に壊れてしまうのに。だからこそ境界線はきちんと見極めないといけなかった。超えてしまったらそれこそ本当に終わりだから。
「いや、もう終わったか」
キッチンに立ち洗い物をしようとしたときだった。
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