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「え――――」
綺麗に片付いた部屋で、真っ先に目に飛び込んできたのは一枚の写真だった。
落ちてきそうなほど瞬く星たち。夕日の燃え殻と夜空のコントラストが何とも言えず綺麗なサンセット。その境界線に立っていたのは俺だった。まるで恋い焦がれるようにまっすぐに波瑠だけを見つめる俺。それは姉貴の結婚式を挙げた離島で、波瑠が撮ってくれた写真だった。そしてその隣にはジュエリーケース。それはニ年前に俺が波瑠にプレゼントしたブレスレットだった。
「……」
いやいや、俺はいったい何を動揺しているんだ。
ただ部屋に写真が飾ってあっただけじゃないか。
ただ俺があげたプレゼントを大切にしてくれていただけじゃないか。
たったこれだけのことに何をそんなに動揺する必要がある?
いやだって、波瑠は執拗に部屋には入るなって俺に言ったんだ。その理由は? これが見られたくなかったからじゃないのか?
「……」
そうか、これは年頃の女の子が父親を敬遠する心理と似ているのかもしれない。現に波瑠の発言にもその傾向があった。
そうだ。俺はいったい何をそんなに焦って――……。
「え、けーちゃん……?」
「波瑠……! ごめん、俺――」
「っ……」
入らないでって、絶対に入っちゃダメだって言われていたのに俺は……。
だけどそんな後悔も虚しく波瑠は俺の前からいなくなってしまった。ひどく泣きそうな顔をして家を飛び出してしまった。
俺は慌てて後を追った。
何が何だかわからない。どうしてそんな顔をしてるんだ。どうして俺から逃げるんだ。
「波瑠……」
「こっちに来ないで!」
「約束を破ったことはごめん。だけどもう夜も遅い。今日は帰ろう」
「……」
「波瑠?」
「どう思ったの? 私の部屋を見て……」
「え? それはまあ……プレゼントとか大切にしてくれてるんだなって嬉しかったけど」
「それだけ?」
「え……それだけって――」
「――もういい。帰る」
機嫌はなかなか直らなかった。帰り道もずっと不貞腐れて黙っていた。
俺は波瑠の言葉を思い返してみるけど、どうしてもありえないことしか頭に浮かばない。だからそれだけは口にすることができなかった。
波瑠は俺を――――…………。
そんなことあるはずがない。それは俺自身がいちばんわかっているはずだろう。
少し先を歩く波瑠の後ろ姿を眺めながら静かにそう呟いた。
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