卒業の日

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季節は春目前。とは言っても三月上旬の今はまだ肌寒い。桜だって蕾のまま、花咲かせるそのときを静かに待っている。 そしてこの花が綺麗に咲き誇る頃、波瑠はもう俺の隣にはいない。それは悲しいことではなくてむしろ喜ばしいことだ。校庭で級友と写真を撮り合う姿を遠くから眺めながら願うのは、もうずっと変わらない俺の思い。 ――ただ、キミの幸せだけを願ってる。 今日で最後だから。 だから……少しだけ本音を話してもいいかな。 俺は波瑠への思いを認めると同時にこの恋を諦めることを決意した。だけど、それは予想以上に苦しくて辛いことだった。波瑠への愛情と心の苦しみはずっと表裏一体だったから。どれだけ辛くても捨てることなんて俺にはできなかったんだ。 「――あ、お母さんとけーちゃん!」 大きく手を振る波瑠。大勢の中、一目散に駆け出した。 “危ないよ”と声をかけるもまったく聞こえちゃいない。時折、人にぶつかりそうになりながらも器用に人だかりを縫うよう走った。 「あんなに慌てなくても」 皐さんが優しく笑う。 「そうですね」 そして俺も笑った。そのときだった。人混みを抜け出した波瑠が盛大に転ぶのが目に入り、俺は慌てて手を差し延べた。 「大丈夫か? 波瑠――」 俺の腕にしがみついた手がなかなか離れない。地面への衝突は避けられたし怪我はしていないはずなんだけど。そしてしばらくの沈黙のあと波瑠はようやく顔を上げた。走ってきたせいかその頬は上気していた。 「けーちゃん……香水つけてるの?」 「あ……うん。波瑠がくれた香水だよ」 何となく気恥ずかしくなって距離を取ってしまう。その拍子に俺を掴んでいたはずの波瑠の手も離れた。 「ありがとう」 「え……?」 「誕生日プレゼント。きちんとお礼言えていなかったから。だから……ありがとう、波瑠」 その途端、目に映ったのはぼろぼろと大粒の涙を流す波瑠の姿だった。拭うこともせずただただ溢れ続けるそれはあまりにも綺麗で、俺はハンカチを出すタイミングを見失った。 「……の」 「え? なんて――」 「違うのっ……けーちゃん」 「違うって……?」 「ありがとうは……私の方なのっ……」 流れる涙を拭いたいのに、全身を震わせて泣く波瑠を抱き締めたいのに、それ以上に精一杯に何かを伝えようとしている彼女の邪魔をしたくなかった。
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