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後日譚〈1〉翌日の朝
目が覚めると同時に飛び起きた。日は昇ったばかりなのか射し込む朝日に思わず目を細めた。
「そうか……夢か」
“夢オチ”という落胆と己の欲深さに呆れたため息が口を衝いて出た。
土曜日の早朝。休日の目覚めにしては幾分早かったが俺は朝のルーティーンに入るため、シャワーを浴びに行った。
洗濯機のスイッチを入れ、その間に水回りの掃除とクイックルワイパーをかける。いつもはパン派だが、今日はなんとなく白ご飯の気分だ。冷凍のストックがなかったから米を炊く準備をしたところで洗濯機が終わりを告げた。そしてベランダへ移動した俺の足は動かなくなった。
「――」
干された一着のスーツ。その一張羅には見覚えがあった。そうだ。俺は夢でこれを着ていた。大事な日だからと妙に意気込んでいたのだ。そして皐さんと二人で波瑠の高校へと向かった。
だけど、実際に夢で着ていたスーツが干されている。
ということは――……。
――ピンポーン。
掻き消された思考。続きを思い出すより先に玄関のドアを開けた。
「けーちゃん……おはよ」
「おはよう……波瑠」
へへと照れくさそうに微笑んだ。その表情はもうずっと前に諦めたはずの、だけど本当は俺がずっと求めて止まないものだった。
それが今確かに俺の目の前にある。
そうか、俺はもうこの手を伸ばしてもいいんだ――。
「けーちゃん……?!」
玄関のドアを閉めると同時に俺は波瑠の身体を抱き寄せた。
「波瑠――」
確かめたい。何度だって。
「――愛してる」
伝えたい。何度も。
恥ずかしいからって、もうわかったからって、耳まで真っ赤に染めて波瑠がそう訴えてきたって、そう簡単には引き下がれないんだよ。
俺の波瑠への思いは波瑠が思うよりずっと大きくて、きっとこれからだって増えていく。
「けーちゃん……洗濯物、早く干さないとシワになっちゃうよ」
腕の中で照れ臭そうに身を捩る。そんな些細な仕草でさえも愛おしさが溢れた。
キリが無いのはわかってる。でも――。
「あと三十分だけ」
「え、長いよ! それはダメ! せっかく洗濯したんだから早く干すよ」
するりと腕から逃れた波瑠はベランダへと向かった。その後ろ姿を眺めながら俺は二度目のため息を吐いた。
ああでも言わないと多分歯止めがきかなかった。俺から波瑠のことを離すなんて絶対にできないから。
「波瑠、寮へは今日帰るんでしょ。良かったら車で送るけど」
「あ……うん、そのつもりだったんだけど……」
「けど?」
「やっぱり明日にしようかなって」
“どうして?”なんて……もしかしなくてもきっとこれはそうなんだろう。波瑠も俺と同じ気持ちなんだ。だったら――。
「っ……」
触れた唇は微かに震えて冷たかった。俺は逆上せていく頭を冷やすようにして唇を押し当てた。
〈終〉
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