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後日譚〈2〉雨降りの日に
「どうしよう。雨降ってきちゃった……」
「とりあえず波瑠、あそこで雨宿りしよう」
シャッターの閉まった花屋の軒下に移動した。
雨の予報ではなかったけど、空を見る限りどこまでも雨雲が広がっていて止みそうな気配はなかった。
波瑠と会うのは実に二か月半ぶりで、今日は心待ちにしていたお出かけの日だった。
専門学校の実習や課題が思いの外大変なようで、休日にこうして出掛けることもままならない。だから俺も波瑠も今日というこの日を簡単に諦めることはできなかった。だけど……。
「本降りになってきちゃったね」
雨音に紛れて聞こえてきたのは波瑠の沈んだ声だった。
この日のために買ったんだと言っていた薄水色のフレアワンピース。変わらず綺麗に伸ばしたロングヘアは二つ結びの三つ編みにして、先には白いリボンがついていた。
今日の波瑠がとびきりかわいいのは大前提としてあるが、今日という日をどれほど楽しみにしてくれていたのか。それがひしひしと伝わるからこれから口にする言葉に胸は苦しくなった。
このままだと帰せなくなってしまう。
そうなる前に切り出さないと――。
「波瑠」
「なに? けーちゃ――?!」
波瑠は一瞬驚いた顔をしたが逃げるようにして俺に背を向けるとかわいく怒った。
「ここ……外だよっ」
「ごめん。嫌だった?」
「そんなこと言ってないけど……」
波瑠は全然わかっていない。外だからだよ。
ここが今二人だけの空間だったら俺はきっと止めらなれなかった。今触れるだけのキスをしたのも波瑠をちゃんと寮へ帰すため――。
「――波瑠、今日はもう帰ろう。予報によると雨、これから強まるみたいだから」
「……」
無言で頷く波瑠に胸が痛くなる。
建前や体裁を捨てていいなら俺だってもっと思うままに波瑠を求めたい。だけど、波瑠は今大事な時期だからそこは弁えなければならなかった。
それに俺がソレをしてしまうと波瑠はきっと断れないから。
俺たちは波瑠が持ってきていた折りたたみの日傘の中で身体を寄せ合い、駅までの道のりを急いだ。
濡れてしまう前に早く駅に着きたい。
だけど、まだ傍にいたい。
駅を前にした途端込み上げる矛盾した思い。
波瑠の肩に添えた手に自然と力が入った。
「波瑠、傘ありがとう」
日傘についた雨粒を落とし折り目に沿って畳む。
これを渡してしまえば波瑠とはもう――。
だけど波瑠はその傘を受け取らなかった。
「……い」
「え、なんて――」
「……まだ帰りたくない。けーちゃんのお家……行っちゃダメ?」
そんな泣きそうな顔をして懇願して、俺が断るとでも思っているのだろうか。
波瑠がいいのなら……そう、俺はいつだって波瑠のことを待っている。
「ダメなことなんてあるわけないだろ。波瑠の家でもあるんだから」
「けーちゃん……」
「おいで」
「うん!」
遠くで架かる虹なんかよりも綺麗な笑顔で波瑠は頷いた。
〈終〉
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