未来

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絵美の最後の授業が終わった。 騒がしいいつもの教室と今日でお別れだ。 思えば長いようで、短い4ヶ月だった。 絵美が話している間、 晴人の友人たちは騒ついていた。 晴人は土曜日の事を誰にも話していない ようだった。 私たちの仲は誰にも秘密だけど、 部屋でケーキを食べながら約束した。 「私は来週で学校を辞めるからね。」 「もう、先生、やめるの?」 「そんな事ないよ。違う学校に派遣される。」 「良かった。月曜日の放課後、会える?」 絵美は横に首を振った。 「次の先生への引き継ぎがある。」 「来月、晴人君の誕生日しよ。」 穴だらけのケーキの前で膝を突き合わせた。 「出席番号3番、伊東 晴人君。」 「はい。」 「本当に私が好き?」 「あ、あ、はい。これからも、よろしくお願いします!」 晴人の大きな体がまんまるになる程、 頭を下げていた。 「晴人くん。 先生がまで 待ってね。」 35歳の夏、けれども、気持ちはハタチ。 気持ちだけが歳を取らないというのは、 このことかもしれない。 最後の授業の挨拶をする絵美を見つめる 晴人の目は告白に戸惑う生徒ではなく の余裕ある視線だった。 若さは花火のように勢いよく夜空に昇り、 一瞬の煌めきと華やかさを持って、 秋には姿もないのかもしれない。 バツイチ子持ちの絵美には、眩しすぎる晴人 ではあるけど、少しだけ、もう一度だけ、 恋を始めてみようと思った。 娘たちも明日から夏休み。 土曜日の帰宅後は散々、揶揄われたけれど 気を遣ったのか、ただ口うるさい母親から 逃げる口実かは分からないけど、 「私ら、おじいちゃん所にお盆まで行くー。」 と、早速、絵美の実家がある田舎に電話を していた。 電話を切ったあと、娘たちは2人して 片目をつぶり、指でハートを作ると、 「ママも、夏を楽しんで。」 と微笑んだ。 「ありがと…あなた達、察しが早いね。」 「だって、私らにも好きな人いるから、 なんとなく分かっちゃうんだよね、 だからさ、ママも素直になりなよ。」 「そうかもね。若くないけどね。」 決して甘酸っぱくはない想い。 けれど、 恋心のある夏は、教室の窓の外、 青空に広がる入道雲さえいつもと違って見えた。 晴人がこちらを見て、優しく頷いた。 明日からの夏休みが始まる。
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