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「次のヒートが来たら番になろう」
樹の「運命の番」である葛城隼人はそう言った。
隼人との出会いは樹が働いているカフェでの勤務時間中の事だった。
樹の働いているカフェは高校の同級生である橘悠斗の夫であり番でもある橘夏樹の経営する会社の一つである。
ほとんどのアルファはオメガと番になっても、アルファ至上主義を捨てずに自分の番以外のオメガを大事にしたりしないが、夏樹は番である悠斗を溺愛しており、悠斗の願いを聞き入れ「オメガが安心して働ける会社」を悠斗の為に作ったのだ。
3か月に1度ヒートと呼ばれる発情期を起こし、ヒート期間中は働けない上にアルファを誘惑するフェロモンをまき散らすオメガを雇いたい企業は少ない。
オメガ差別をなくすため、ある程度の社員数のいる企業は一定数のオメガを雇わなければならないと法律で決められているが、そんなきちんとした企業に「オメガ枠」を使って就職できるオメガは名門一族に産まれたオメガが達だけだ。
しかもそんなオメガ達はほとんどが名門のアルファたちの元に嫁ぐことが決まているいわば「腰掛けオメガ」達なのだ。
樹のように家庭環境に恵まれていないオメガは、高校卒業後は大学進学も一般企業に就職することもできずにフリーターとして生活するしかないのだ。
だが樹はオメガに産まれたからこそ、オメガの地位改善を目的として制定された「オメガ保護法」によって支給される、いわゆる「オメガ手当」が支給されたために高校まで行くことができたのだ。
そしてその高校で出会ったオメガの親友である悠斗とも出会う事ができたのだ。
悠斗との出会いは高校の図書館でだった。
悠斗は名門のオメガの家の出身ですでにアルファの婚約者がいたが、勉強が好きで大学に進学を望んでいたため放課後は毎日のように図書館で勉強していた。
樹も家で「オメガに学歴なんて必要ない」と言われ虐げられていたが、本を読むことや学ぶことが好きで毎日のように図書室に入り浸っていた。
周りのオメガ達がいかに「優秀なアルファを捕まえられるか」、いかに「アルファに愛されるか」を考えている中で、図書室で本や勉学に夢中になる「変わり者のオメガ」である二人は親友と呼べる中になっていった。
とはいえ、悠斗は高校卒業後大学に進学し樹はフリーターとして生活し、更に大学を卒業した悠斗が婚約者だったアルファと結婚し家庭に入ると樹とのつながりは薄れていった。
でもそれは樹にとっては想定の事だった。
アルファはオメガを自分の子供を産む道具だと思ったり、自分の所有物だと思っていることがほとんどなのだ。
それ故にほとんどのアルファは自分のオメガが自分以外の人間と接するのを嫌うのだ。
なので悠斗からの連絡が途絶えても不思議には思わなかった。
キラキラと輝く目をして「いつかオメガがもっと自由に生きられる社会を作るために勉強したい」と言っていた悠斗が今どんな生活を送っているのか心配であったが…。
そんな悠斗から数年ぶりに連絡が来たのは樹が勤めていたバイト先をクビになったその日だった。
とある大学の近くにある居酒屋でバイトしていた樹は店に来たアルファの学生に尻を触られそのことを抗議したところ店長にまったくのでたらめを報告され解雇されてしまったのだ。
おそらく店長も学生のいうことがまったくのでっちあげだと解っていたはずだった、しかし名門大学に通うアルファの学生を敵に回すのは店にとっても不利益になる事だった。
平気で嘘をつく人間はここで怒らせれば親や店の本部にも嘘をつくだろう、たった一人のオメガを庇うことで店長自身も危うくなるならオメガを切り捨てる方を選ぶのは当然だった。
そうして不当に解雇されたにも関わらずオメガであるゆえにどうすることもできずに明日からの暮らしはどうしたものかと途方にくれていた樹のものとに悠斗からの連絡があったのだ。
数年ぶりにあう悠斗は昔と全く変わっていなかった。
しかし驚いたことに結婚した例の婚約者とは離婚したのだという。
更にその離婚した元夫の弟と再婚して番になったのだと言うからびっくりだった。
「あいつさぁ、運命の番とやらと出会ったとか言ってしかも子供まで作ってたんだよ!まぁ俺とは番になってなかったから良かったけど…でその離婚の話し合いを向こうの実家でしてたらいきなり弟が出てきて「僕と結婚して番になってください」とか言い出してさ…」
「で、それで番になっちゃったの???」
「う~ん、春樹、あっ前の旦那の事ね、の事があったから番になるのはしばらくたってからってことにしてたんだけど、夏樹…これが今の旦那ね、と一緒に暮らし始めて最初のヒートで盛り上がっちゃって番になっちゃったんだよね。」
「番になっちゃったんだよねって…」
「まぁ自分でもやらかしちゃったな~って思ったんだけど、すぐ子供もできちゃったしまぁ良かったかなって」
「え!?子供いるの???」
「うん。もうすぐ1歳で今は夏樹が見てる」
「そうなんだ…良かったね」
「ありがとう!で再会してさっそくなんだけど樹って今仕事してる?夏樹と再婚する条件に「外で働きたい」って言ったら会社を新しく作ってくれたんだけど、どうせだったらオメガの為の会社にしたくて一緒に働いてくれるオメガを探してるんだよね。樹なら勉強もできるし頭もいいし一緒にオメガのための会社を作るのを手伝ってくれると思って」
「俺でいいの?俺が役にたつの?」
「樹がいいんだよ!だってさ俺の知ってる他のオメガってオメガでいる事にあきらめちゃって「オメガの幸せはアルファに養われる事」って考えしかしなくなってたじゃん。俺みたいにアルファと結婚しても捨てられちゃったりする場合もあるのにね。だからオメガが一人でも生きていけるようにちゃんと務められるオメガのための会社を作りたいんだ!」
ちょうどバイトをクビになっていた俺は悠斗の誘いに乗り、悠斗の夫の作った会社で正社員として働くことになったのだ。
それが自分の運命を大きく変えてしまうきっかけになるとはその時まだ知る由もなかったのだ。
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