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葛城隼人はそのカフェに入った際に嗅いだ香に目が覚めるような感覚を覚えた。 今まで自分が生きてきた世界はまるで薄雲がかかったようなはっきりとしないあやふやな世界だった。 多数の優秀なアルファを排出する名門アルファ一族に産まれた隼人は、産まれた時から全てを手に入れていた。 誰もが認める家柄と、途方もない額の寄付金を納めなければ入ることが許されない名門校に幼稚舎から通い、周りの学友たちも全て将来は政財界に入りこの国を支配することが決められているエリートのアルファたちだった。 他人が羨むほどの全てに恵まれた生活は隼人にとって何の意味もないものだった。 周りが自分をちやほやするのは「葛城家に産まれたアルファ」だから。 親の敷いたレールの上をただなぞるだけの人生、いずれ親が決めた名門の出のオメガと番わせられるのだ。 隼人にとって自分の人生は血統書付きの犬猫と何ら変わりのないものと感じていた。 だがその香は、そんな人生を苦々しく思いながらも受け入れていた隼人の目を現実へと向けさせる香だった。 ほんの一瞬、まるで気のせいだったかのように消えてしまった香の主を探すために四方に視線を巡らせた隼人が目にしたのはカフェのレジで注文を取る樹の姿だった。
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