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「……?」
しかし覚悟した冷たさは感じなくて、代わりに誰かに抱きしめられた。
「ごめん、待たせた」
目を開ければ、葵さんの顔が近くにあって。
ぞの背中はスミレさんが放った水で濡れていた。
「葵さん……!」「お父さん……!」
鈴ちゃんと同時にその名を呼ぶ。
「……何もされてないか?」
葵さんは私たちの無事を確かめた後、スミレさんに向き直る。
「……何してんだよ、お前」
その声は怒りを孕んでいた。
「あ、葵……これは違うの、だってこの人が……!」
スミレさんはどうにか取り繕おうとしたが、葵さんの厳しい視線を受けてビクッと肩を揺らす。
それから媚びるような上目遣いで葵さんを見つめた。
「あのね葵……私あなたともう一度やり直したいの。
昔のことは、本当に悪かったと思ってる。
でもあなたと離れてから……ようやく自分の気持ちに気づいた」
瞳にうるうると涙をためて、その表情は嘘泣きが得意だったあの女を彷彿とさせた。
「私が本当に好きなのは、愛しているのは……葵だけなんだって。
葵じゃないとダメなの。
ね、だからお願い……この人じゃなくて、私を選んで」
「それは無理だな」
葵さんは悩むまでもなく即答した。
「俺が愛しているのは天音だけ。それ以外の選択肢なんて考えるまでもない」
こんな時なのに、その言葉に嬉しくなる自分がいる。
そうだ。私も、鈴ちゃんも、葵さんも。
私たちが互いを思う気持ちは、こんな簡単に壊されるようなものじゃない。
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