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【状況把握能力は、社会に出たら割と重要】
おかしなことになった。
ひとりになった部屋の中で、それだけはわかっているのだけど、何故こんな突飛な話になったのかがわからずにいた。
1日にして衣職住を失って。
従兄の大悟と再会して。
気づいたら「住み込みの仕事」が、「大悟との同居=家政婦」になっていた。
自分でわかる範囲での時系列はこうなのだ。
突然、大悟がわたしのことを養う、なんて言い始めた。それを「はいそうですか。よろしくお願いします」なんて、素直に返事出来るはずがないし、どう考えたっておかしいことはバカなわたしにも解る。
そんなことを考えながら、部屋の中に散らばっている自分の衣服に袖を通す。昨日着ていたもので、さすがに少し気持ち悪いけど、衣服ごと部屋が燃えてしまっては仕方がない。
――それにしても……。すごい部屋だなぁ。
服を着て、部屋を見まわしてみると、目の前に広がる部屋の構造をぐるりと見渡す。
寝室にしては広いスペースと、一人暮らしにしては大きすぎるベッド。
洗礼された室内はホテルさながらだ。
生活感をあまり感じないのは、大悟が部屋に滅多に帰ってこないからなのだろう。
――大悟って、いったいどれだけ稼いでいるんだろう。
フルタイムで働いても、20万ちょっとの給与から、税金だの保険料だのいろいろ引かれて、手取りはせいぜい16万くらいだったわたしには、到底住むことを許されないような部屋だ。
世間では「百年に一度の大不況」なんて言われているのに、なんたる格差なのだろうか。
そんなことを考えていた時、少しくぐもった、聞きなれた電子音が部屋に響き始めた。
部屋の隅に置かれた鞄から、その音がしているモノを手に取ってみると、画面には着信相手の名前が表示されていた。
『あ! 柚妃?』
スワイプして電話を取ると、わたしが応答するよりも先に、スピーカーから声が漏れた。
「もしもし? ママ。久しぶり」
『聞いたわよ? 貴女、大悟くんに仕事紹介して貰ったんだって? やっと定職に就く気になったのね!』
挨拶もろくすっぽに、ママの嬉々とした声が捲し立てるみたいに耳に届く。
”親戚きってのエリート”と称されている大悟から、ちゃらんぽらんにフリーターをやっていた娘が仕事を紹介してもらった、なんて情報を得るとこんなに嬉々とするものなのか……。なんだかすっきりしない気分のまま「あぁ、うん…」とだけ返事を返す。
だって、肝心な部分は伝わっていないのだから。実際、わたし自身もこの現状をどのように説明したらいいのかわからなくて、反論すらも出来ない。
『大悟くんの顔に、泥塗らないよにしっかりやるのよ? あと、年末年始に親戚の集まりあるから、大悟くんと一緒に帰ってきなさいね。じゃあ、ママ仕事あるから。じゃあね』
一方的に機関銃のように話すと、ママは慌ただしく電話を切った。
――顔に泥塗らないように、って。心配なのはそこ?
釈然としない気持ちを抱いたまま、大きくため息をつく。
大悟はずるい。肝心な部分を伝えていない。伝えていないにも関わらず、ママを納得させてしまうのは、本人が「大手企業勤め」というスペックを持ち合わせているからだ。
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