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俺の目線は猫のそれではない。
窓に映った男は、アートルムと同じナーラド国の民の身体つき、黒い髪と瞳を持っている。
これが俺の新しい身体だった。
「医者が言うにはな、こうやって生きていること自体が不思議なんだと。何年もまともに動けなかったからな。どれくらいの寿命が残っているかはわからないそうだ。けれどな、まだやることがあるんだ。イデアは滅んでいない」
アートルムはこう続けた。
「イーレ。どうかその名の通り自分で歩いてくれ。何とかその身体を整備できるだけの力を組み込んだ。ぱっと見人形だとはわからないくらいに幻術もかけてあるからな。その気になれば戦うこともできるけど、壊れやすくなるんで勧めないぞ。あとな、おまえが生きる目的は自分で設定してくれ」
神銀位の魔法鍛冶師と魔剣士の力、鑑定士でも簡単には見破れない幻術に、どうでもいい大食い能力と、要らない豆知識。
生きる力。
アートルムの趣味をこれでもかと詰め込まれた。
「そうだイーレ、ちょっと頼みがあるんだ。気が済むまで旅をしたらルシリア王国の闇市のそばに住んでほしい。家は用意しておくし、大学も近くにあって魔法鍛冶師には住みやすい街だ。あそこには亡くなった恩人の娘さんがいるんだ。大学に引き取られたそうだから生活の心配はないが、まだ十代の女の子なんだ。それとなく見守ってやってほしい」
さすがアートルム、自動人形に無理難題を押しつけてきた。
ちょっとどころではない頼みではないか。
けれども、俺は満ち足りていた。
この感情を何と呼ぶか今ではわかるけれど、ここには記さない。
【完】
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