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最初の俺は不細工なかたまりにすぎなかった。
何の考えも持たない、ただゆらゆらと揺れる俺を、若い男と女は目を細め唇の端をあげて受け取った。
その二人は、俺の生みの親であるアートルムの父母という存在で、俺にとっては爺さんと婆さんということになる。
俺の姿は花と呼ばれるもので、爺さん婆さんが浮かべた表情は笑みというのだと知ったのは、ずいぶんあとのことだった。
次に俺はご無体にもこね回され、変な角と細い手足をくっつけられた虫になった。
俺はあいつの機嫌がいい時には『友だち』と言いながらなで回され、普段は歩く、行くを意味する『イーレ』と呼ばれた。
あいつの虫の居どころがわるい時にはいきなり放り投げられる。
たまたま投げ飛ばされた先に婆さんがいた時には、俺はものすごい悲鳴とともに履き物で叩き落とされた。
アートルムが熱心に取り組んでいた飛行機能は、婆さんの大反対を食らって幻となった。
長い虫時代を経て、俺は黒猫になった。
魔法鍛冶師を育てる私塾の、使い魔を生み出す課題で、あいつはいやいやながらに俺を創製したのだ。
小さいわりにしなやかで強い身体は自由に操れた。
自分の頭で考え、話すこともできる。
私塾の仲間が果てしない計算力や高い語彙力を競っている時に、あいつが俺に詰め込んだのは決して試験に出ない無駄口だった。
「イーレ、課題の計算問題を頼む」
「なあアートルム。どうやったらおまえは自分のおつむにないものを俺に仕込めると思ってるんだ?」
「それじゃ夏の休暇に遊び過ぎて描き損なった絵を」
「それを提出してみろ。仲間のはらわたはよじれて笑い死にし、おまえは大画伯と呼ばれる。覚悟はできているか?」
「イーレ、おまえには一体何ができるんだよ」
「おまえができることだけだな。つまり何も期待しちゃいけないってことさ」
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