狐と術士

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   日和が背負うもの・2  朝食を食べた後は「昨日はありがとう。また後でね」と波音と別れの挨拶をした。  波音は後ほど師隼の家に行くのだろう、日和は一足先に師隼の屋敷へと戻った。  部屋に向かった日和は清依に言った通りに狐面の衣服に着替える。  そして真っ直ぐに執務室へと向かえば、既に師隼と魁我が重い空気を漂わせ、向かい合って座っていた。  今にも会議が開かれる、そんな雰囲気だ。 「ただいま帰りました」 「おかえり、日和。お泊り会は楽しかったかい?」 「はい、楽しかったです」  こちらに振り向いた師隼は口に弧線を描いてにこりと微笑む。 「本当ならそのまま術士側にいてもいいのですよ。なんなら今までのように守られて下さい。……と言いたいのですが、貴女は一度気になったら止まれないタイプでしょう。準備はできていますか?」  対して対面の魁我の視線は厳しい。  それでも日和はにこりと微笑み、心音の髪紐で髪を纏め上げ、荷物から狐の面を取り出し顔に嵌める。 「問題ありません。お願いします」  それを日和の覚悟と捉えた魁我は頷き、名前の書かれたプレートを机に並べた。  朴桑(ほおくわ)すみれ、三上蒼汰(みかみそうた)賀屋(かや)和正(かずまさ)東海林(しょうじ)(あずさ)八島(やしま)(ひかる)、五人の名前が円を描くように配置され、中心に我妻唯花と書かれたプレートが置かれる。  この人物達の名は、最初に我妻唯花の交友関係として出ていたものだ。 「まず三上蒼汰は狐面でありながら比宝側の人間で、今回の計画の発案者である事が分かりました。朴桑すみれとは何度か彼とペアを組んで行動した経歴があり、退職後の我妻唯花を(かくま)った人物です。  そしてこの賀屋和正という人物は、比宝家の傘下になった術士家系、『金』の力を持つ賀屋家の人間である事が判明しました。我妻から失せ物を受け取った情報があり、比宝家に渡していると考えられます」 「金――金属か。もしかしたら、練如の力の元かもしれんな……」  ふむ、と呟く師隼の言葉に日和は少し複雑な気持ちを抱きつつ、魁我の言葉をメモしていく。 「……ではこの東海林梓、八島光の二名は?」 「東海林梓は神威八咫に住む一般人で、我妻が住んでいた家の隣の住人でした。長く付き合いがあったらしく、パーカーをよく着る人物と我妻が話し込んでいるのも何度か見た記憶があるようです。  そして八島光はどうやら枕坂市に住む一般人のようですが……この情報はまだ、詳しく集めきれていません」 「一先ず狐面の裏切り者は朴桑すみれ、三上蒼汰の二人で間違いないみたいですね。賀屋和正……比宝家の傘下という事ですが、その比宝という家はどれほど大きい家なんですか?」  日和の質問に師隼は顔を上げる。 「元々枕坂はいくつもの家が纏まりも無く個人で妖退治をしていたと聞いている。ただかなり昔から勢力争いをしていてね……いくつかあった家は今や比宝と金詰の二家のみと聞く。しかも金詰は虫の息だ」 「だからこそ春から金詰家がこちらにやってくる、んですよね。じゃあ賀屋という家も元々普通の術士家系だったんでしょうか……」 「そうだろうね。ただ、家系と言ってもそんな立派な物じゃないと思うよ。そうだったのは今も残っている二つの家だけだろうね。……と言っても、比宝家も特殊らしいが……そこはまだ調査中だ」 「そう、ですか……」 「まあこっちの調査は私達に任せて欲しい。日和には変わらず内部調査を頼みたいんだが、いいか?」  どうやら一人不審な狐が混じっているらしい、と師隼は付け加えて日和を見る。 その不審な狐が気になるのか、師隼は浮かない表情をしていた。 「不審な狐……大丈夫です。様子を探ってみます」
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