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悪夢からの目覚め・2
「無事、動けるようになったようで良かった」
そう言ってにこにことしているが、この男が何を考えているかは毎度まるで分からない。
良い人だとは思うのだが、信用しきってはいけないような、そんな一抹の不安がまだなんとなく、ある。
そんな師隼も10月に入ってから虫の息ほどの生活をしていたことは日和は知る由もなかった。
「えっと……長らくお世話になりました。ありがとうございます……」
「一先ず座りなさい、食事は大切だ。ずっと何も食べられていないだろう? それでは体もあまりにもきついだろう」
促され、「ありがとうございます」と日和は頷き席に着く。
目の前には米、味噌汁、焼き魚、白和え・煮物・卵綴じの入った小鉢、漬け物が広がっている。
こういうものは旅館で出すのでは。と言いたい所だが、残念ながら日和は旅館すら行ったことはない。
そして強いて言えば、いつかこの食事と全く同じものを食べた気がする……と思った。
「では、いただきます……」
少し悩みつつ、日和はまず米を口にした。
柔らかくて粒立った食感、咀嚼する度に広がる優しい甘み、おかずに手を付ける前にお米がなくなりそうだ。
味噌汁を口に流す。
味噌の風味が喉を通っていき、たまらなく美味しい。
具のわかめと大根の食感、出汁がふわりと口の中で香って鼻に抜けていく。
こちらもいくらでも欲しくなる味だ。
正直に申すと、これだけでも十分過ぎるほどの幸せが押し寄せてくる。
ただ、空腹を拗らせてしまった日和の胃には、これだけでは全く足りないのでおかずに手を出していく。
思えば今までの日和にとって、『食事』という行為は単純な作業だった。
口に入れた物を胃に入れれば、あとは勝手に体が仕分けてくれる、生きる為の作業。
強いて言うならば、食事中の会話を楽しんでいた。それくらい。
しかしこの食事は明らかに違う。
どれも美味しく、それでいて口に入れていく楽しさがある。
初めて食事という行為自体が楽しく、生きているという実感が湧いた。
「美味しいみたいで良かった。まあ、無理もないだろう。ここ数日は食べてもまともに受け付けなかったと聞いてるよ」
にこにこと師隼も笑っている。
そこでやっと、日和は師隼の事をすっかり忘れてしまう程、夢中になっていた事に気づいた。
「すみません、私……」
「気にせず食べなさい」
「はい……」
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