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姉と母・4
玄関の扉が開けられ、目の前にはエントランスとも言うべき広い空間が広がった。
やはり「わぁ……」と声を溢さずにはいられない。
薄い段差を超えた先の広いフローリング床にはソファーとイスが置かれ、正面の壁はガラス張り。
奥にはまた庭園のような青々しい翠が広がっている。
波音が最後の術士のお宅拝見になるが、例に漏れず旅館のようにさえ思ってしまうのは水鏡家も例外ではないらしい。
否、ここは洋装の建物である。
『別荘』という表現が正しいかもしれない。
「……聖華」
そこへソファーに座っていた、赤と金糸で彩られた豪華な着物に身を包んだ女性が立ち上がり、静かに波音を呼ぶ。
「……お母様、ただ今帰りました」
波音はぴくりと体を震わせると、女性の前で頭を下げ、ゆっくりと体を起こす。
「儀式は滞りなく、終えたのですね?」
「はい」
「そちらの方は?」
つり目の厳しい視線が波音から横にずれて日和に向かう。
いつにも増して緊張していそうな波音だが、日和でさえも睨むような鋭い視線につい緊張してしまった。
「友人です。今日ここに泊まる事になりました。お父様から聞いてはいませんか?」
「ああ……」
「金詰日和と申します。は、初めまして!」
波音の母は溢すように納得の声を上げ、日和は名乗る。
するとぴくりと母・蓮深の体が揺れ、赤々とした目がゆっくりと見開いた。
「金詰……? まさか、貴女が蛍さんの……?」
「あ、はい……そうです」
頷く日和を見て蓮深の目尻は下がり、厳しそうな表情はみるみる優しげな表情へと移り変わる。
波音も表情豊かな人物だと思うが、この母親も十分表情豊かそうだ。
蓮深は目を細め、小さく微笑んで日和をじっと見つめた。
「そう、貴女が……元気そうで何よりだわ。何もお構いできないけれど、ゆっくりしていらして」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」
角が取れた様な優しい声、日和が頭を下げると蓮深は燃えるような赤い髪を揺らしながら何処かへ去っていく。
その背中は少し上機嫌にも思えて、緊張が解けたのか波音の肩が下がった。
「……今のが聖華のお母さんですか?」
「ええ、そうよ。あの人は比較的貴女のお父さんと仲が良かったから、思う事があったんでしょうね。……お父様にも挨拶しなきゃ」
「清依さんですね。いつもは何処に居るんですか?」
「いつもは書斎に引き籠ってるわ。今も居るんじゃないかしら」
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