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7-2 お父様のお言葉・1
清依はいつも書斎で占いをしているらしい。
案内をする波音は階段を上がりながら「お父様の占い部屋と化してるけど」と付け加えた。
清依は神宮寺家に占いを通して何かと助言や方針を決めているらしい。
そういえば狐面になったあの日も巡回から帰ってきたら来ていた。
そういう仕事をしているのかもしれない。
「こっちにいるわ」
天井が高く、2階に上がってもまだ届きそうにない天井を眺めながら歩いていくと、波音は廊下の突き当たりの部屋をノックした。
「聖華です。お父様、いらっしゃいますか?」
「開いているよ。どうぞ」
内側から声がかかって、蝶番が軋む音と共に扉が開く。
「聖華、お帰りなさい! 日和さんもよく来たね。いらっしゃい」
にこりと微笑む清依が熱烈歓迎と言わんばかりに顔を出し、中へと案内する。
壁には本棚が並んでいるが、半分ほどは埋まっていない。
代わりに占いに使われるのだろうか、石や札、紐、よく分からない小物が置かれていた。
「思ったより早かったね」
「日和が今日分の荷物を纏めるだけで済むから、そんなにかからなかったわ」
「そうか、ゆっくりしていってね。部屋は……折角だから波音と一緒にするかい?」
清依の笑顔を見てると佐艮を思い出す。
本当に似てるなあ、と思いながらどうすればいいかを日和は目で訴えた。
視線の先の波音は少し恥ずかしそうに「まあ、別に、良いけど……」と答えると、丁度こんこん、とノックの音が鳴り、使用人が盆にお茶を乗せて入ってきた。
何やら六芒星の魔法陣のような物が描かれた布をテーブルクロス替わりにして、その上に当然のようにカップが置かれる。
それは汚したら大変なのではないだろうか。
そんな不安を少しだけ抱きながら、日和は淹れたばかりであろう湯気の立った紅茶に口をつけた。
「そういえば、君達はもう春休みじゃないのかい?」
全員で紅茶を喉に流し、静かになった所で最初に話題を振ったのは清依だ。
「ええ、そうね」
「もう春休みで、次から2年生なんて想像がつきませんね」
波音は頷き、日和も感慨深く紅茶に視線を落とす。
思えばゴールデンウィークを終えてから10月までも、みっちりと忙しかった。
だがその後から今までも、十分忙しくしていた気がする。
それなのにまだ1年も経っていなくて、誕生日ですら遠い昔のように感じている。
今までの日和はそんな気持ちなんて一切感じたことがない。
「日和さん、何か困ったことがあればいつでも力になるからね」
思考を巡らせていた日和に、清依から優しい声が振ってきた。
「……はい、ありがとうございます」
思えばそういう人とのつながりも、最初は祖父と玲だけだった。
今は二人とも居ないけど、よくこれだけ広がったなと思う。
春の陽気が差し込み、温かい風と共に蝶が窓からひらひらと室内に入ってきた。
蝶は日和の髪に一度止まり羽を休める。
すると今度は指を伸ばした清依に止まる。
「……蝶が舞う季節か。季節が変わるとまた色んなことも変わるからね、折れないように頑張っていかないといけない。大事なのは、今までのように支え合うこと。絆を大切に、今までのように信じ合うことだよ」
清依の言葉は占いからのお告げのように聞こえる。
ラニアの時と重ねながら、日和は忘れないよう胸に刻み込んだ。
「聖華も、大事なことだからね?」
「大丈夫よ、お父様」
波音は当然のように凛々しい表情をしていた。
清依がじっと波音を見ていた気がするが、すぐににこりと笑って「今日は天気が良いね。せっかくだから庭で食べよう」と提案した。
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