狐と術士

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   お父様のお言葉・2  紅茶を飲み干すと「荷物を下ろしておいで。僕は庭で待ってるね」と父は日和に笑顔を向けた。  書斎を出て、日和を自室に案内して荷物を適当な場所に降ろさせる。  するとあっという間に昼食の時間になった。  そもそも出た時間が遅めだったので、当然と言えば当然だ。  エントランスから中庭に出ると、春の陽気に照らされて緑豊かで花が咲き乱れた庭園が広がった。  今日は暖かいからか、一層輝いて見える。  どれもこれも母の趣味だ。  それを日和は落ち着かない様子できょろきょろと見回していた。  来たときも目を回さないか心配になるほど、きょろきょろしていたのに。  父と私、そして日和でテーブルを囲むと目の前にサンドイッチが運ばれてきた。  ……今日はお花見ね。 「聖華ってやっぱりお嬢様ですね……!」  突然の言葉に、日和は一体何を考えていたんだろう……と勘ぐる。  日和は一応一般家庭の出でもあるので、そう言われてしまうと、そうなのだろうと納得するしかない。  でも、そもそもその線で行ってしまうと術士家系はどこも坊ちゃん嬢ちゃんまみれの貴族の温床である。  そして。 「一応あんたもその血を引いてるんだからね……?」  だから一応意識の薄い親友に念を押しておいた。  食事中は他愛もない話を続けるけど、正直内心はすごく不安で一杯だ。  確かに今の私は高峰聖華であって、術士の力は使えない状態。  だけど、焔以外の何かが足りない状態を、今は常に感じている。  本来なら聖華の心が今生活をしているはずだった。  それなのに、なんで私が聖華として今生きているんだろう。  私は水鏡波音なのに。  ……いや、違う。  私が勝手にそうやって分けたから別れることになったんだ。  でも、だったらどうして、聖華は勝手に自身を封印するよう麗那に頼み込んだのだろう?  結果、身体に妖が使う呪いの刻印をされた。  元は同じ心だというのに、どうしてそんな場所に封印をされてしまったのだろう?  考えれば考えるほど深みにはまってしまって、今目の前では日和と父が仲良く会話を弾ませている。  その輪に、入っていけない。  父には念を押すように視線を向けられた。  お父様だって今の私について気付いているに違いない。  だから、あんな事を言ったんだろうなと思う。 『大事なのは、今までのように支え合う事。絆を大切に、今までのように信じ合う事だよ』 (その言葉はまだ重いわ、お父様……)  波音はただ静かに腰骨を擦り、心の中から消えてしまった姉の存在を憂いた。
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