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7-3 お泊り中の決意・1
『波音、許して下さい』
波音には大変申し訳ないな、と思いつつ、この状況から逃げ出せそうにない。
だからこそ、内心でそんな謝罪をする。
日和は波音に先に入浴するよう言われて風呂へと向かった。
それはいい。
波音の家も三人程が足を延ばし、一緒に入ることができる程大きなお風呂が待ち受けていて、これだから豪邸の恐ろしさを感じる。
置野家よりも小さいのかもしれない。
それでも広々としてまだ余裕がある。
なんの話かと言うと、波音の母である蓮深と入浴のタイミングがぶつかったのだった。
「あら……日和さん、とお呼びして良いのかしら」
「はい、大丈夫です……! えっと……」
「蓮深と申します」
「では蓮深さん、でいいでしょうか……」
「ええ」
嫋やかな笑みを浮かべる蓮深は「日和さんも一緒に入りなさい」とそのまま中へ招く。
蓮深の招待に断る理由もなく、日和はその背について行った。
術士の仕事を波音に任せたと言えども蓮深の体は無駄な物がなく、すらりとしている。
着物で健康的な体に見えたのはとても立派な胸を持っているからだろうか、とつい思考が変な方向へ飛んで行った。
ちなみに浮かんだのは世話焼きの女中・華月だが、きっとそれだけ緊張していたのだろう。
身体を湯に慣らし、湯船に浸かると続けて蓮深がなんの抵抗も無く湯船に入った。
そして日和をじっと見て、口を開く。
「前々から貴女と話をしてみたい、とは思っていました。でも中々機会がありませんでしたね。蛍さんったら彼女が出来た時点で雲隠れしてしまいましたし、蛍さんが亡くなってから貴女の存在を知りましたし……蛍さん自体ともあまり話せなくて、親子揃ってタイミングというものは難しいですわね」
父よ、雲隠れって一体何をしたのか。
言いたくなった言葉を胸の中に隠し、日和は無知であった自分を謝罪する。
「すみません。私も波音達に会うまでは術士の事も全く知らなくて……」
「良いのよ。それは蛍さんの意向だったのだと思えば、特に気にするようなことではありませんから。そうですね、一つ問おうとするなら……日和さんは術士になりたいかしら?」
「え、と……」
蓮深の視線は真っすぐで、だからこそ言葉が詰まって出てこなくなった。
まだ自分はどうしたいのかはっきりとは決まっていない。
狐面でも精一杯なのに、自分は術士になれるのだろうか。
なってもいいのだろうか。
そんな迷いを、まだ抱えていた。
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