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お泊り中の決意・3
「おかえりなさい、長かったわね」
「すみません……向かったら蓮深さんに会いまして……」
部屋に戻ると波音は編み物をしていた。
待っている間の暇つぶしだったかもしれない。
遅くなった事情を話すと、波音はくすくすと笑いながら「こちらにいらっしゃい」とドライヤーを取り出す。
波音に促され、可愛らしいドレッサーに座ると大きな音を立ててドライヤーが動き出し、波音の手が自分の髪に触れる。
「早く乾かさないとまーた風邪を引くわよ?」
「ふふ、ありがとうございますっ」
髪が風に靡いて、波音は手櫛をしながらくすくすと笑い出す。
どうしたのかと思ったら、鏡に映る波音が口を開いた。
「お母様に捕まったのなら、遅くなったのも仕方ないでしょうね」
「そう、なんですか?」
「詳しくは知らないけど……昔はお母様、蛍さんのことが好きだったって話もあるもの。まあ、恋したところで絶対実らないでしょうけど」
「えっと……なんでですか?」
「水鏡に嫁いだら術士にはなれないもの。蛍さんは一応金詰の人間なのだから、蛍さんの進む道がどうであれ、お母様は選ぼうとしないでしょうね」
「なるほど……」
そういえば前にそんな事を言っていた気がする。
やはり術士の恋愛事情は難しい話なのだろう。
「ところで……」
波音が言いかけ、ドレッサーの鏡越しに波音の顔を覗く。
ちらりと波音からの視線が鏡越しにぶつかった。
「……っ!」
「私は貴女がどうして高峰玲と出会ったのか気になるわ」
にやりと波音の口元が邪悪に笑った。
そういえば、玲と出会った話は誰にもしていないと気付く。
勿論話さない理由などは無いが……多分波音が期待しているものは一切無いだろう。
「えっ……今その話します?」
「折角だもの、聞きたいわ」
「つ、つまらないですよ?」
「それなら、竜牙とどうだったのか聞いても良いのよ?」
やんわり逃げようかと思ったら、今度は余計話しにくい方向へ回り込まれた。
「それは、ちょっと……」
「何、もしかしてまだ続いてるの?」
「うっ、それは……」
波音が半眼になってじっと視線を送ってくる。
その手はドライヤーのスイッチを切って、コードを纏めた。
「髪、終わったわよ」
「ありがとうございます」
「今度聞かせてもらうからね」
「はい。……え?」
思わず二つ返事してしまったけど、その一言に耳を疑う。
もしや、とてつもなくとんでもない約束をしてしまったんじゃないだろうか。
波音に視線を向けると、にっこりと笑顔が見えていた。
「じゃあ私入ってくるわ」
「はい、待ってますね」
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