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回帰・4
訝しみつつ、正也は玲から離れて歩き出す。
そこかしこから美味しい匂いがするが、なんとなく手を出す気にはならない。
たこ焼きに焼きそば、カップケーキにドーナッツ。
屋台の定番から甘い物まで並んだ中で、クレープ屋が早くに見えた。
「……」
「お兄さん、クレープどうですか?」
ちらりと軽く見たつもりだが、客引き係と目が合った。
どきり。
「あ、いや……」
「――あれ、もしかして置野君? 置野正也君じゃない?」
「……っ」
しかも顔を覚えられていた。
「休学から戻ってきたんだ! 制服じゃないって事は……あ、もしかして来週からかな?あ、よかったら一つ食べない?」
「え、あ、えっと……」
「……はっ、ごめん、置野君が私を覚えてる訳無いか。東だよー。完全に復帰したら覚えてね」
多分クラスの女子であろう生徒は笑顔で笑っている。
押しと圧が強すぎて正直離れたい。
「今週から顔出してないんだけど、金詰さんって子がすっごく頑張ったんだよー。おかげで今日までスムーズにいけたんだ。
本当は今日来て欲しかったんだけど、体調良くないみたいで……仕方ないよねぇ。あ、どんな味が好き?」
「はい、これがメニューだよ」とメニュー表を渡される。
ここで断る方が面倒な気がしてきた。
「……じゃあ、キャラメルバナナ……」
「はーい! キャラメルバナナ一つくださーいっ」
正直どれでも良かったが、見栄えが一番綺麗なやつを選んだ。
すると東はにっこりと嬉しそうな笑顔を見せる。
「その写真の美味しそうだよね!金詰さんが作ったやつなんだよ! その見た目だから既に飛ぶように売れててさ、伝説のクレープになっちゃった」
「……」
なんとなく、参加させてあげたかったとも思う。
しかし本人は今術士の力に酔っていて、それどころではないだろう。
少し残念だなと思った。
「お待たせー!はい、キャラメルバナナ! あ、そうだ。水鏡さんが来てるの。なんか全身包帯でぐるぐる巻きだったけど。もし見つけたらほどほどで回収してね!」
「回収……分かった」
どうやら玲が言ってた物は波音の事らしい。
じゃーねー!と大手を振る女子生徒を背に歩き出したところで、肩にかけた鞄ががさっと揺れた。
「正也、勘定を忘れているぞ」
「……あっ」
財布を手に屋台へと戻ろうとすると、こちらに気付いた東はにこりと笑う。
そして手を交差させて、首を横に振った。
どうやらお金はいらない、とジェスチャーで言われたようだった。
「……いらないって言われた」
「人の生活を忘れたか?」
「そうらしい」
小さな式神が鞄の中でくすくすと笑う。
少し、恥ずかしかった。
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