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結局、その後、私とアムンゼン、猿の太郎と、リンダ=ヤンの4人は、アムンゼンの金色のロールスロイスに乗って、とりあえず、自宅に帰ることにした…
といっても、私の自宅ではない…
アムンゼンの自宅だった…
なにしろ、私は、自宅を、夜逃げ同然に逃げ出した…
だから、帰るに、帰れんかった…
葉尊に会わせる顔がなかった…
何度も言うように、あのバカ、バニラと大喧嘩をして、私は、逃げるように、家を飛び出した…
近々、来日する葉尊の実父、葉敬に会わせる顔がなかったからだ…
あのバカ、バニラは、葉敬の愛人…
だから、葉敬が、来日すれば、あのバカ、バニラが、私の悪口を言うのは、火を見るより、明らか…
そして、葉敬が、私とバニラ…
どっちの肩を持つかと、言えば、当然、バニラだろう…
なにしろ、葉敬とバニラの間には、マリアがいる…
マリアの父親は、葉敬だからだ…
だから、逃げ出した…
夫の葉尊と住む、マンションから、逃げ出した…
葉敬に会わせる顔がないからだ…
葉敬は、恩人…
この矢田と葉尊の結婚を認めてくれた恩人だ…
日本の平凡な家庭出身の、この矢田と、台湾の大財閥の跡取り息子の葉尊との結婚を認めてくれた恩人だった…
だから、葉敬は、私にとって、終生、頭が上がらない存在だった…
それゆえ、本当ならば、私は、バニラと仲良くせねば、ならんかった…
バニラは、葉敬の愛人…
葉敬は、バニラを大事にしている…
だから、この矢田も、葉敬の恩に報いるべく、バニラを可愛がらねば、ならん…
なにしろ、私は、35歳…
あのバカ、バニラは、まだ21歳…
だから、年上の私が、あのバカ、バニラを可愛がらねば、ならん…
だが、できんかった…
できんかったのだ…
なぜなら、あのバカ、バニラは、ことごとく、この矢田に逆らった…
この矢田が、右へ行けと言えば、左に行った…
これは、許せん!…
許せんことだった!…
勘弁できんことだった!…
そして、それは、ずっと、だった…
この矢田と、知り合ってから、ずっと、あのバカ、バニラの私に対する態度は、変わることはなかった…
だから、常に顔を会わせれば、ケンカになった…
当たり前のことだった…
私が、そんなことを、考えていると、
「…お姉さんは、いつ、家に帰るの?…」
と、隣に座るリンダ=ヤンが、聞いた…
私は、とっさに、
「…帰らんさ…」
と、答えた…
「…どうして、帰らないの?…」
「…お義父さんに会わせる顔がないからさ…」
「…葉敬に会わせる顔って一体?…」
「…お義父さんは、近々、台湾から、日本にやって来ると聞いたのさ…その直前に、あのバカ、バニラと大喧嘩してしまったさ…だからさ…」
「…なにが、だからなの?…」
「…鈍いヤツだな…お義父さんが、来日すれば、あのバカ、バニラが、お義父さんに私のことを言いつけるに決まっているさ…そしたら、私は、お義父さんに恨まれるさ…」
「…どうして、葉敬に恨まれるの?…」
「…バカか、オマエは? …バニラは、葉敬の愛人だ…私とバニラのどちらを取るかと聞けば、バニラを取るに決まっているさ…当たり前さ…それに…」
「…それになに?…」
「…ホントは、私は、バニラと仲良くせねば、ならんのさ…」
「…どうして、仲良くしなければ、ならないの?…」
「…バニラが、葉敬の愛人だからさ…葉敬は、私の恩人さ…息子の葉尊との結婚を認めてくれた恩人さ…だから、その恩人の愛人である、バニラと仲良くせねば、ならんのだが、
あのバカ、バニラが事あるごとに、私に逆らって…」
私が、恨み言を言うと、リンダが、隣のアムンゼンと、顔を見合わせた…
私とアムンゼンは、リンダを真ん中にして、ロールスロイスの後部座席に座っていた…
私が、心中を吐露すると、
「…お姉さん…バニラが、どうして、お姉さんに、いつも逆らうのか、わかる?…」
と、リンダが、聞いた…
「…それは、私が嫌いだからだろう…」
と、力なく言った…
それを聞いて、リンダが、笑った…
「…それは、違うと、思うわ…」
「…どう、違うと言うんだ…」
「…バニラは、お姉さんに嫉妬していると、思う…」
「…嫉妬? …どうして、私に嫉妬するんだ?…」
「…葉敬が、お姉さんと、バニラのどっちを取るかと、聞けば、葉敬は、迷わず、お姉さんを選ぶと思う…」
「…そんなバカな…」
「…バカでも、なんでもないわ…それが、事実…」
「…ウソ? どうして? バニラは、葉敬の愛人だゾ…」
「…それでも、お姉さんを選ぶ…」
「…どうして、私を選ぶ?…」
「…葉尊のためよ…」
「…葉尊のためだと?…」
「…葉尊は、葉敬の後継者…その葉尊にふさわしい女は、お姉さんしか、いない…」
「…私しかいない? …ウソ?…」
「…ホント…だから、厳密に言えば、葉尊とバニラのどっちを選ぶかと、葉敬に、聞いているようなもの…」
「…」
「…そして、葉敬は、葉尊とバニラのどっちを選ぶかと、聞かれれば、間違いなく、葉尊を選ぶ…それゆえ、葉尊の妻である、お姉さんを選ぶ…バニラは、それが、わかっている…だから、バニラは、お姉さんに、嫉妬するの…」
「…なんだと?…」
「…だから、きっと、葉敬が、来日して、お姉さんが、家出をしたことを、知れば、バニラは、葉敬に叱られるわ…」
「…ウソ?…」
「…ウソじゃないわ…何度も言うように、葉敬は、お姉さんとバニラのどっちを選べと言われれば、迷うことなく、お姉さんを選ぶ…」
…まさか?…
…まさか? そんなことが?…
考えもせんかった…
葉敬が、私とバニラを比べれば、私を選ぶとは、思わんかった…
思わんかったのだ…
「…だから、今、バニラは、慌ててるわ…」
「…なんだと? …慌ててるだと?…」
「…このまま、葉敬が、来日すれば、バニラは、葉敬に叱られる…」
「…」
「…だから、お姉さん…バニラを助けてやって…」
「…バニラを助けるだと?…」
「…お姉さんが、バニラを許してあげれば、今回のことは、丸く納まると思う…」
リンダが、説明した…
が、
私は、納得できんかった…
本当に、そんなことがあるのか?
葉敬が、私とバニラを比べて、私を選ぶなんて、あるのか?
どうしても、納得できんかった…
「…それに…」
私は、切り出した…
「…それに、なに? お姉さん?…」
「…葉尊のことさ…」
「…葉尊のことって?…」
「…私は、葉尊に一言も断りなく家出をしたから、今さら、葉尊に会わせる顔がなくてな…」
「…それは、大丈夫…」
「…どうして、大丈夫なんだ?…」
「…葉尊は、お姉さんを好きだから、帰ってくれば、喜ぶわ…」
「…ウソ?…」
「…ウソじゃないわ…」
リンダが、断言した…
「…葉尊は、お姉さんが、好き…というか、必要…」
「…必要? …どうして、私が、必要なんだ? …私以外の人間でも、構わんだろ?…」
「…いいえ、お姉さんでなければ、ダメ!…」
「…どうして、ダメなんだ?…」
「…それは…」
リンダが、言い淀んだ…
すると、アムンゼンが、
「…矢田さんが、太陽だからです…」
と、答えた…
「…太陽? …私が?…それは、どういう意味だ?…アムンゼン…」
「…矢田さんと、いると、誰もが、ホッとするんです…」
「…私といると、ホッとするだと?…」
「…矢田さんといると、気持ちが安らぎます…」
「…そんなバカな?…」
「…バカでも、なんでも、ありません…」
アムンゼンが、至極、真面目に言った…
が、
私は、信じんかった…
私は、美人でも、なんでもない…
いっしょにいて、面白い人間でも、なんでもない…
そんな人間と、いっしょにいて、心が、安らぐわけは、なかった…
だから、今、アムンゼンが、どんな表情で、そんなことを、言うのか、知りたかった…
それゆえ、アムンゼンの顔を見ようとしたが、ダメだった…
私と、アムンゼンの間には、リンダ=ヤンが、いたからだ…
リンダは、身長175㎝…
さらに、リンダの膝の上には、猿の太郎が、乗っていた…
そして、アムンゼンは、見かけは、3歳の幼児…
小さい…
だから、見えんかった…
リンダと、太郎が、邪魔で、見えんかった…
が、
私が、アムンゼンの顔を、覗こうとしているのを、見て、リンダが、私の意図を察したようだった…
「…お姉さん…」
「…なんだ?…」
「…今、アムンゼンが、ウソを言ったと、思ったでしょ?…」
「…そうさ…」
「…でも、アムンゼンは、ウソは、言っていない…」
「…どうして、オマエに、それが、わかる?…」
「…このお猿さんよ…」
「…太郎が、どうした?…」
「…今、私の膝の上で、幸せそうな顔をしている…」
「…それは、太郎は、リンダ…オマエが、好きだからだろ?…」
「…それも、あるかもしれないけれども、お姉さんが、アムンゼンと仲良くなって、安心したのだと、思う…」
「…そんなバカな?…」
「…バカでも、なんでもない…このお猿さん、ジッと、お姉さんを見ているわ…」
「…太郎が、私を見ている?…」
「…このお猿さん…お姉さんを、ホント、好きなのね…私の膝の上に乗りながらも、さっきから、ずっと、お姉さんを見ている…」
「…そんな…」
「…矢田さんだからですよ…」
アムンゼンが、私とリンダの会話に口を挟んだ…
「…私だからだと?…」
「…ひとも猿も、いっしょです…矢田さんと、いると、気持ちが安らぐんです…だから、この太郎さんも、リンダさんの膝の上に座っていても、ジッと、矢田さんを見ている…矢田さんが、好きで、堪らないんだと、思います…」
「…そうか…」
太郎が、私を好きだと、言われて、悪い気は、せんかった…
なにしろ、太郎は、私の恩人…
太郎は、猿だから、恩猿だ…
その恩猿が、私を好きだと、言ってくれたのだから、悪い気は、せんかった…
太郎のホントの気持ちは、わからんが、リンダから見て、太郎が、私を好きに、見えたのは、嬉しかった…
実に、嬉しかったのだ…
「…そうか…太郎が、私を好きか?…」
ふと、気が付くと、私はいつのまにか、足を広げ、腕を組んで、呟いていた…
威厳を出すためだ…
この矢田トモコ、35歳…
実は、日本の総合電機メーカー、クールの社長夫人でも、ある…
隣に座る、リンダこと、リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボル…
さらに、リンダを挟んで、私の反対側に座る、3歳にしか、見えない坊やは、実は、アラブの至宝と呼ばれた人物…
二人とも、大物…
世界に知られた大物だ…
だから、それを、思えば、この矢田も、負けるわけには、いかんかった…
クール社長夫人として、負けるわけには、いかんかったのだ…
だから、足を広げて、腕を組み、威厳を出した…
が、
なぜか、隣で、
「…キー…」
と、哀し気な声が、聞こえた…
太郎だった…
太郎を見ると、哀し気な目で、私を見ていた…
そして、そんな太郎の気持ちを代弁するが、ごとく、
「…このお猿さんは、威張ったお姉さんは、見たくないって…」
と、リンダが、言った…
「…なんだと?…」
私は、驚いた…
まさか、太郎が、そんなことを?
が、
太郎を見ると、たしかに、哀しそうな顔をしていた…
太郎を哀しませるわけには、いかん…
私は、足を広げるのも、腕を組むのも、止めた…
そして、太郎に、
「…これで、いいか?…」
と、語りかけた…
すると、太郎が、嬉しそうな表情で、
「…キー、キー…」
と、鳴いた…
私は、心の底から、ホッとした…
太郎が、嬉しそうな表情をするのを、見て、心の底から、ホッとした…
今さっき、リンダが、私といれば、誰もが、癒されると、言ったが、それは、太郎のことだろうと、思った…
少なくとも、この矢田にとっては、太郎だった…
私の心を癒すのは、猿の太郎だけだった…
<続く>
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