21-1

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……ゲルツェンは死んでいる。生前の記憶は乏しい。ゲルツェンの生活は希薄で、ごく限られた範囲の往復だった。  子供であった頃の記憶はなく、思い出せる限りの古い記憶は、光のない目をした、歳とった男の相貌だ。  トルン。  彼がゲルツェンに仕事を教え、配管抗で生きていく術を伝えた。すべてを伝え終わって、廃棄された。  気管。水管。光熱管。排気管。排水管。冷却管。そのほかの管、管、管。それらが、立って歩くことが不可能なほど狭い通路の壁と天井と床に沿って、びっしりと張り巡らされていた。真鍮でできたそれらの管は、進入禁止の最下層からまっすぐに上に向かって伸び、最上階から都の各所へ蜘蛛の巣状に広がっていく。それらを点検し整備し、必要とあれば交換するのが彼らの仕事だった。彼らは配管抗で寝起きしていた。水は点検のときに水管から、食糧は、様々なゴミが流されてくる廃物管から選んで摂った。寒さや暑さといった感覚は、ゲルツェンにはなかった。配管管の内部は、高熱管が放つ熱で常に蒸し暑かったからだ。寂しいとも、女が欲しいとも思わなかった。そのように創られていたからだ。    あるとき、ゲルツェンは眠りの中で神の声を聴いた。驚きはしなかった。  神というものがいて、ときどきそういうことがあるものだと聞いていた。  神は配管抗を出て、ある場所に行くようにゲルツェンに命じた。その声は優しいわけでも恐ろしいわけでもなかった。それはただの命令、通達だった。  神に導かれるままに配管抗の跳ね上げ戸を開け、床と天井の間にゲルツェンの背の高さよりも広い隙間のある大きな通路にでた。ゲルツェンはいつものように這って歩いた。二本足で歩いたことがなかったからだ。  やがて広間に出た。見たことのない管が網の目のように壁を這っていた。天井にびっしりと、丸い大きな壺がぶら下がっていた。その一つがかすかに揺れ始め、何かの力によって割れた。粘つく蒼白い液体がどぼどぼとこぼれ落ちるとともに、人のかたちをしたものが落ちてきた。その男は生まれたばかりだったが、一人前の身体をしており、言葉もはなすことができた。ゲルツェンはそれを不思議に思ったりはしなかった。ゲルツェンはその男にトルンと名付けた。他に名前を知らなかったからだ。ゲルツェンはトルンに仕事を教え、配管抗で生きていく術を伝えた。すべてを伝え終わって、廃棄された。
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