21-3

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21-3

 アリアンロッドの重さは、ブランウェンの身体の一部だった。  アリアンロッドが家に来て、入れ替わるように母が死んだ。家の中の仕事すべてが彼女の肩にのしかかった。  壁外の村には、生産労働がなかった。あらゆる生活物資は、都から水路を通じて運ばれてきた。だが、例えば川に水を汲みに行くことひとつとっても十一歳の少女にとっては重労働で、バケツを両手に下げての往復は、それだけで数時間を要する仕事だった。  小麦粉を水でこね、酵母と混ぜ、発酵させる。燃料をかまどに投げ込み、苦労して火をつけ、パンを焼く。  そうした日々の仕事の間、常に背中には赤子の重さがあった。  ほうぼうの家に行って頭を下げて、貰い乳をする。そのお礼に、また水汲みの仕事を引き受けたりもする。仕事をしていると赤ん坊が泣く。  あやす。おむつを替える。背負い紐が痛いのだと気づいてかけなおす。  そんな日々だった。  アリアンロッドは美しい子供だった。色彩の感覚はブランウェンにはほとんど備わっていなかったが、暗い色の肌も、対照的な輝くような髪も、薄い色の瞳も、村の子供には決して見られないもので、アリアンロッドは誰から見てもとくべつな子供だった。  ブランウェンはアリアンロッドのために子供時代を失ったが、その喪失に勝るいくつものものを、彼を背中に負うことで得ていた。アリアンロッドは、たとえ他の誰もが否定していたとしても、彼女にとってはとくべつな子供だった。彼女をとくべつにしてくれる、かけがえのないたったひとつのものだった。ふとしたときにやってくる、母がいないという喪失感も、消えない筋肉痛も、飢えも睡眠不足も、身体がおとなになっていくことも、同世代の子供たちが恋の季節に踏み込んでいくことも、彼女にとってはなにほどのこともなかった。アリアンロッドがいればよかった。アリアンロッドの重みを背中に感じているとき、彼女は完璧な存在でいられた。他人は必要なかった。  アリアンロッドが危なげなく歩き出すのは、他の子どもたちと比べるとずいぶん遅かった。ただ、そこから先、走り回るのも言葉を話すのも背が伸びるのもおそろしく速く、周りの子供たちをぐんぐん追い抜いていった。アリアンロッドが六歳の時には、十歳の子供たちと混じって遊んでいた。十二歳の頃には、十六歳に見えた。そうした、明らかに普通でない成長の仕方は、他の子供たちとの間に疎隔を産んだ。アリアンロッドは少年たちからも少女たちからも一種畏敬の目で見られていたが、それはそのまま埋めようのない距離を置かれているということで、結局、アリアンロッドは背負えないほど大きくなっても、ブランウェンだけの子供であることは変わらなかった。  アリアンロッドの世代にも恋の季節が来る。美しい子供は、美しい少年になった。少女たちが憧れの眼差しで彼を見るのを、ブランウェンは敏感に察していた。  この時代、人間たちの社会は性に寛容だった。少女の側から一線を越えた行動に出るのも、珍しいことではなかった。ブランウェンが、それを許しはしなかったが。  アリアンロッドはブランウェンだけのものだった。彼女は当然のこととしてそう信じていたし、アリアンロッドもまた、それを受け容れているようだった。  しかし、やがて神が訪れる。嵐のように。  そういうことがたまにあるものだと、話としては知っていた。神のなさることはすべて良いことなのだから、それもまた光栄で幸福なことだと、大人たちは言っていた。自分の身にそれが降りかかってきたとき、大人たちの話がただの言葉にすぎないことに気づいた。ブランウェンはあきらめていた。人間の生とはこういうものだ。一度割れた壺が元の姿にはもどらないように、失われたものは帰らない。アリアンロッドとの二人だけの世界は、どうにもならない力によって奪い去られた……
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