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 世界は静止した。人々だったものは石像と化した。誰もが身動き一つせず、呼吸すらしていないように見えた。それが、アリアンロッドの感じた変化だった。父祖神に何かされた。 それはわかっていたが、それが何かはわからなかった。彼の自己認識そのものが変えられてしまっていたからだ。  蒼白い獣と化した彼には、人々は化け物のようにに見えた。  化け物の石像が森のように立ち並ぶ場所から、彼は逃げ出した。  塩の荒野を、彼は四つ足で駆けた。  やがて、彼の眼は光をとらえた。  青い、ごく弱い光が、行く手に一様に広がっていた。  光の中に美しい人々がいた。  なんであれ、彼の目に人々と映る何者かが、そこにいた。  子供たち、少年たち、少女たち。大人はいなかった。  子供たちは声をあげて走り回り、遊び戯れていた。少年たちや少女たちはいく人かずつ輪をつくり、議論をしたり、もっと他愛のない会話にふけっていた。  群れから離れて、静かに寄り添う男女もいた。  皆、美しかった。簡素だが清潔な衣服をまとっていた。飢えている者も、病の者もいなかった。  神々にさえ感じたことのない畏れを、アリアンロッドだった者は感じた。彼らに惹かれるものを感じながら、近づいていくことができなかった。  美しい少年の一人が、彼に気づいた。彼は思わず地面に伏せたが、隠れることはできなかった。 「やあ、君もこっちにこないか」  ごく自然な口調で、美しい少年は彼に声をかけた。 「君は、どこから来たの?」  少年は言った。アリアンロッドはためらった。自分が彼らに何者に見えているのか、よくわからなかった。 「向こうだ」自分の来た方向を指さした。そうとしか答えようがなかった。 「そう」  少年はそれ以上質問を重ねはしなかった。アリアンロッドにはわからない何かを、理解したようだった。言葉が通じているらしいこともわかった。 「あなたたちは、何者なのだ」  アリアンロッドは、勇気をだしてそう尋ねてみた。 「僕たちは、まだ産まれぬ者たちです」  美しい少年は、そう答えた。  その答えについて、アリアンロッドは考えてみた。よくわからない。 「ここは、異界のたぐいか」 「君からはそのように見えるのでしょう。ここは、まだ産まれぬ者たちの国です」 「俺が何者か、知っているのか」 「知っています」  少年は、短くそう答えた。 「実は俺は、自分が何なのかよくわからない」 「いずれ思い出します。自分の国に帰れば」 「俺は、化け物になったような気がする」 「鏡を見ますか?僕たちと変わりません」  アリアンロッドには、鏡と言うのがなんなのか分からなかった。 「まだ産まれぬ者とは?」 「個々の生命のすべての可能態です。一たび世に生まれ出た者は、すべての可能性の中から一つずつ何かを選び取って成長していきます。すべての可能性を選びきって、己の形を決めたとき、死にむかって歩き出します」 「可能性とは?」 「魂の持つ、いかなる力の下でも失われない、やわらかにうつろいゆく性質のことです。ですから私たちは水に属します。水のように私たちは定まった姿を持ちません。私たちの姿があなたにどのように見えているかわかりませんが、それは、あなたの目が選び取ったすがた、ひとつの方便です」 「あなたがたを包んでいるこの青い光は何ですか」 「この世を満たしている霊子の輝きです。霊子は至る所にあります。神々も日陰の苔も、あらゆる生命は霊子によって構成されています。霊子は本来自由なとらわれのないものです。それが一つの構造体となり、ある生命の基礎となる時、霊子から解き放たれたちからが光となって輝くのです」 「あなたの話す言葉は難しい。俺にはよくわからない」 「理解する必要はありません。あなたの生きる生が、すべての答えそのものなのですから」 「光が強くなっている。あなた方の姿が見えなくなる」 「これは海嘯のさきぶれです。私たちは光のなかで飛びたち、この可能性の岸辺から世界へと駆け入ります。今のあなたは私たちと一緒に飛ぶことができます。さあ、私たちを先導してください。私たちが今まで届かなかった大地の奥まで、私たちを導いてください」
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