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太母神と都は無数の管と索で結ばれていた。それは太母神に力を送り込むばかりでなく、太母神が都の姿を保つためでもあった。太母神は都の脳であり、都は太母神の身体であったのである。脳を失った身体が、生きていられるはずがなかった。
アシュタロテはエトルリア直下に転移した。都はすでにピラミッドの姿をしていなかった。羊ほどの大きさの黄金の瓦礫が、ぼろぼろと崩れ落ちて雨のように落下していた。アシュタロテは落下しながら下方に目を凝らす。
タルドゥがいる。女を抱きかかえ、覆いかぶさるようにして女を守ろうとしている。
その上に落ちかかろうとする黄金塊を、アシュタロテは雷撃を放ち弾き飛ばした。だが、数が多い。多すぎる。
「タルドゥ!」
着地と同時に叫んだ。降り注ぐ瓦礫が、すさまじい轟音をたてている。
「女神様、皮衣をお返しします」
タルドゥは不気味なほど平静だった。目に光がない。
「ブランウェンは死にました。私も助かりません。もう助かりたいとも思いません」
アシュタロテは躊躇なくタルドゥの頬を打った。
「忘れたか、お前はキンメリア軍の指揮官なのだぞ!」
タルドゥの目は曇ったままだ。驚いた顔はしたものの、またすぐにうなだれてしまう。
「話はあとだ、跳ぶぞ!」
アシュタロテはタルドゥとその妹に手を伸ばした。銅の指輪が光る。悪夢じみた瓦礫の雨の中から、三人の姿は消えた。
エトルリア城の濠の縁の上に、アシュタロテ達は再出現した。
海が消えていた。
塩の平原を三方から取り囲んでいた海水ははるか沖合に退き、干潮時にも見られることのなかった海底が、どこまでも生白い裸を晒していた。
そして遠い沖合には、地の柱に倍するほどの高さの水の壁がせり上がり、異様な蒼白い輝きを放っていた。
キンメリア軍はまだ城の攻囲を続けていた。
いつ崩れかかってもおかしくないあの海の壁は、半神のアシュタロテだから視認できるのだ。闇の民にも壁外出身者たちにも、あそこまで遠くの様子は見えない。
アシュタロテは説明する代わりに、タルドゥの肩に触れて視覚を共有した。タルドゥは息を呑み、肩を震わす。
「軍務に戻ります」
決然とした声で彼はそう言った。
「地の柱を目指し、軍勢をできるだけ高地に移せ」
アシュタロテの言葉に無言で頷き、彼は将兵たちのもとへ駆け戻っていった。
「さて」
地面に横たわった女を見下ろし、少女神は言った。
「手助けが必要ですか? ブランウェン」
ブランウェンは目を開き、静かに起き上がった。
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