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25
太母神とともに、エトルリアの神々も滅んだ。
エトルリアの人間のほとんども、都を離れて生きていけるようにはできていなかった。わずかな例外は城外の者と兵士たちだったが、彼らも多くが都の崩壊に巻き込まれて死んだ。数百名だけが生き残った。キンメリア軍三千人に対し、多すぎる異分子が、ともに地の柱を目指すことになった。
タルドゥは、これが将来の災いの種となることに気づいていた。
イニストラードなら戦っていただろう。アリアンロッドならば迷わず救っていただろう。
ただの人間でしかない自分には、重すぎる決断だった。
しかしいずれにせよ、統制も何もない全速力の行軍のさなかに、余計な命令をこなす余裕は、兵たちにも指揮官たちにもなかった。
本隊は名前のない頂の山すそを廻り、次の山を目指していた。タルドゥたちと司令部の数名は迂回せず山頂を目指した。全軍の状況を把握するためである。
「指令!」参謀の一人が叫んだ。
「海が戻っています」
裸だった海底は水に覆われ、海岸線はいつもの位置にもどっていた。
だがそれと同時に、海の壁も高さを損なわず、タルドゥにも視認できる距離にまで近づいてきていた。
雷鳴がとどろき、山頂に光が落ちた。
(薄明の女神さま!)
タルドゥにはそれが分かったが、名を呼んだりはしなかった。
将兵たちはまだ彼女をアリアンロッドだと思っているからだ。
少女神は皮衣をまとい、フードを目深に引き下げ、タルドゥたちの登攀を待っていた。
「海と混沌の生き物が雪崩打って押し寄せてきます。今は一時の猶予にすぎません」
参謀たちがざわめく。
タルドゥたちの位置は隊列の中ほどだった。小隊単位で各個に登り、各個に休止し、軍勢は入り乱れて動き、全体の様子は見通しがたい。
ざっと見て、全軍の六割がタルドゥたちに先行し、背後にいるのは四割程度と思えた。その後ろにさらに避難民たちの列が続いている。
女子供が一番後ろなのだ。
「すべての民を助けることができましょうか」
「あなたは、あなたにできることをしなさい」
にべもなく少女神は言った。
「ブランウェンはどうなりましたか。もしかして……」
少女神の口元が、つかのま苦渋にゆがんだ気がした。
「運命の車輪に尋ねなさい」
二呼吸ほどの沈黙のあとで、少女神は結局そう言った。
「運命の車輪はもう壊れているのではないのですか」
「信じろ!」
少女神は叫んだ。その声は山間にこだました。全軍がその声を聞いた。
そして閃光がひらめき、少女神は姿を消した。
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