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人々の間で『嘆く幽霊伝承』と呼ばれるこのおとぎ話は、どこにも原作となった文献が残されていない特殊な言い伝えだ。
言い伝えが広まった時代や地域は特定されているものの、その作者については全くの不明。
その為なのか、語り継がれる国や地域、時代によっては様々な解釈がされている。
例えば、主人公である青年の名前や性格といった小さな違いから、物語の展開や結末までもが大きく異なる場合も珍しくない。
だが、死者と生者を分かつ喪に服する紫色の重要性と、"亡き人の悪口を言っていけない"という暗黙の常識を強く訴えかける点について差異はない。
その点を欠いた物語は全て、『嘆く幽霊伝承』と言う枠組みから排除されてしまうからだ。
この伝承についての教えを説く教会では、「亡くなった人の霊を悲しませてはいけない。彼らの涙は止まない雨となり、その人に縁のあった全てを押し流してしまう」と簡潔に教えられる。
それは混乱を避けた賢い言い方に思えるが、実際はそんな生ぬるいお話しではない事を隠す目的もあるらしい。
これは、今日の公演に誘ってくれた友人がこっそり教えてくれたことだが、それを裏付ける歴史的な証拠が見つかったのだという。
宗教的な戒めばかりで、難しく退屈な物語と嫌われがちだが、伝承の最大の見どころはは"死に分かたれても掠れることの無い純愛"だと、私は強く信じていた。
"青年はこの世を去ってからも、遺してきた婚約者が愛おしくてたまらない"
そこに違いが無いのであれば、脚本家による多少の違いは"表現の幅"だと私は思っている。
今夜の為に、伝承の予習は抜かりなく進めてきたつもりだ。
近場の図書館を巡り、司書に頼み込んで稀覯本まで見せてもらった。
物語が進むほどに、ザワザワと疼く期待がむず痒い。
前のページを読み返したり、見たい場面をすぐに開いてしまえるような本とは違う、常に一方通行な時の制約がただもどかしかった。
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